筆者は右脳視床下部内出血による左半身麻痺と云う病名で闘病中。毎週、月、水、金、の3日間理学療法士の指導による通称「リハビリ」を受けている。リハビリは通常「社会復帰のための機能訓練」と訳されている特定のある筋肉強化訓練である。1回約45分か。
之が全然楽しくない。いやむしろ苦痛である。朝食時から重い気分になって、食欲も落ちる。
訓練中、無闇にみじめな思いにさせられる。現在はおよそ100mを杖を突いて歩く練習と「立ち座り」と称して車いすからスーッと立ち上がり姿勢を正してから静かに車いすに腰を下ろすという動作を20回する。少し休んでもう20回する。
これをすると息が切れ、背中に汗をかく。やっと終わっても何の充実感もない、
微かな終わった喜びだけであるが、時として「もう10回やりましょう」と云われたりする。
理学療法士の方々はみなさん熱心で真面目である。そして立派な日本人である。日本人は何時の間にか訓練は辛いものであると信じている。
楽しくては訓練ではないと刷り込まれている。熱心な彼らにしごかれて泣いているおばあちゃんが後を絶たない。患者はダダをこねる。真面目な彼らは此処で甘えを許してはならじと頑張る。こういう場面を見るとオソマツ君は何時も今は、江戸時代か?と錯覚したり、ここは相撲部屋かと思ったりする。楽しいリハビリはないのか遊び心を取り入れゲーム性を加味したリハビリはできないものかと思うが、
我が国ではこの業界全体が日本的精神論に毒されているようである。此処で思い出したのが、或る随筆で読んだ「思い込んだら命がけ・・・・・」と云う流行歌の一節を「重いコンダらラ命掛け」と思い込みこの歌は精神を鍛える歌だと思い込んでいたという女性作家の随筆である。重いコンダラという器具を命がけで持ち上げて心身を鍛える歌だと思っていたという。
日本人は何故か何時も「艱難汝を玉にする」が好きである。まるで合理性がない精神論だ。そして、いつも「頑張ります!」と云う答えを期待する。国力も考えずに米国に戦線を布告し、突撃を繰り返したあの武士道だ。(未完)(T)
備考①「思い込んだら命掛け」を詩をチョットかいておきます。
1 男純情の愛の星の色
溢れる思いは
春を呼んでは
夢見ては
うれしく輝くよ
思い込んだら命がけ
男のこころ
燃える希望だ憧れだ
燦めく金の星