長屋茶房・天真庵

「押上」にある築60年の長屋を改装して
「長屋茶房・天真庵」を建築。
一階がカフェ、2階がギャラリー。

♪梅が咲いた 梅が咲いた ・・真っ赤な梅が

2014-01-18 08:41:56 | Weblog

バラだった。

♪梅は咲いたか 桜はまだかいな・・・  そんな粋な江戸端唄はあるが。

昨日は織田流煎茶道の同心が、庭に咲いたという梅を持ってきてくれた。

この季節は、蝋梅でなんとか春を待つ、という感じだが、梅が咲くと春近しの感

が強くなる。「寿」という山形の地酒(ほんとうは福島だったのだけど、震災で山形に移った)

をぬる燗を飲みながら、新春の抱負(今年やりたい茶会のこと、二階の普茶料理風そば会のことなど)

を語りあった。畳に座る正座の和ごとは絶滅危惧種みたいになりつつある。でも世界では「和食」がブームだし、

日本の床の間に飾ってある掛け軸などが静かなブームらしい。掛け軸というのは、お花が生けてあったり、

お茶をそこで楽しんだりすると、よりいっそう生きてくる。和の文化というのは、ごちゃまぜの文化だけど、そこに微妙

な調和があるのがいい。

今日は「お花のお稽古」

スカイツリーの近くにあるセンスのいい花屋さんから花が届いた。今日は朝から華人さん

たちがやってきて、二階に春を飾る。今日も酒が美味い日になりそうだ。

夕方は「インヨガ」。花も茶も、わたくしたち人間や魚や虫や・・・この星に住む生きとし生けるものは、

みんな同じ自然の中、陰陽の中で生き暮らし、死んでいく。天地自然の理。


♪あの日のぼくは、傘さして 青山通り歩いて・・

2014-01-17 08:56:11 | Weblog

そんな歌がかぐや姫にあったような・・

昨日は午前中は、車を飛ばして田舎へ野菜の調達にいき、

午後は煎茶のお稽古に表参道にいく。

交差点のところで、大坊珈琲のところを見ると、看板がなくなっていた。

寒風の中で、だまって黙祷をしたくなった。

織田流煎茶道の道場は同潤会アパートの中にあった。今の茶室はそれが取り壊され、

ヒルズになったので、ヒルズの裏に移った。古くて風合いのいいものが、まわりからなくなって

いくのは、いいようのない寂寥感がある。子どもの城や青山劇場も近々なくなるらしい。

いつものように、青山通りをぶらぶらしながら、古本屋でどさっと古本を買い、青山ブックセンターで

「あんあん」を見つけたので、立ち読み。「TOKYO」の特集だ。その目次のOというところに、

サンタクロースみたいな帽子をかぶった知りあいの顔が映っていたので、レジにもっていった。

レジのおねえさんに「ぼくこの人知ってます」とはいわずに、煎茶の道場へいき、

後輩が「本手前」をまじめにやっていたので、正客になって、静謐なこころで玉露を一煎茶ちょうだいした。

この手前は、正教授になるときに家元の前でやるのがならわしで、菓子器もため塗りで、蓋つきのものを

使ったりする。そろそろ塗師(ぬし)の巣山さんに器を頼まないと、お互いの生きている間に完成するかどうかが危うくなる。

今日は「ダメから始める中国語」がある。

明日は午前中は「お花のお稽古」 夕方が「インヨガ」

午前中は畳をひき、夕方は畳をかたずける。なんとも歌舞伎の舞台みたいで、楽しい日に

なりそうだ。

明日の夕方は新人のそば打ちくんが蕎麦を打ちにやってくる。凝り性の人

なので、将来「そばや」なんていう具合になりそうな・・・

20日(月)は「易の勉強会」 きのう押上の駅前で先生にあった。電話中で先を急いでいたので無視。

21日(火)は「書をしよう会」  いわゆる「書き初め」ですね。

22日・23日が「卒啄焙煎塾」&「無茶しぃの会」

 

 


♪雪は降る・・・あなたはこない・・

2014-01-15 09:07:36 | Weblog

昨日の天気予報によると今日は雪になる・・

ほんとうに東京は、そんな朝を迎えている。

昨日の夕方、英会話に参加するoさんが、少し早目にきてカウンター

に座った時にやまねさんから電話があり「3月25日(火)に、コンサートやれますか?」

とのこと。ちょうど空いていたので「どうぞ」ということになった。有名なピアニストがくるらしいが、

名前は伏せておいてということなので、oさんにそっとそのピアニストの名前を伝えたら、目を丸くして「一名予約」

とのこと。正月明けで、まだまだ刺激的なことも、始まりもない季節には、春を告げるような一報だった。

Oさんも音楽関係の仕事をして、天真庵とは所縁も深いピアニストのOさんと婚約をし、今年の夏には

Oさんになる予定だ。英会話の話題も「今年の抱負」みたいなことが恒例の事始めで、OさんはOさん

と結婚することに至るまでの話やこれからの夢を、幸せいっぱいに英語でしゃべっていた。

そばを食べ、最後に「そば湯」を飲む時は、「ああ幸せ!」みたいな湯気の中に幸せいっぱいの顔が浮かぶ

のが常だが、昨日は最初からあたたかい蕎麦湯割の蕎麦焼酎を飲みながら、「のろけ」の10割そばみたいな

濃い恋の話に花が咲いた。まさに「ごちそうさま」の連呼だった。昨日プレゼントOさんのピアノの入ったCDも大変よかった。

さりげない生活を一瞬にして豊かにしてくれるものを「芸術」という。こんなありがたいものは、ない。

というわけで、3月25日(火)  19時開場 19時半開演 5000円(そば会付き クラリネット山根孝司 ピアノ Xほか)

今日はお休み。

アフリカ産の不思議な珈琲豆が手に入ったので、これから焙煎。

夜は「かっぽれ」

明日は自分の「お茶のお稽古」の事始め。そろそろ今年が本格的に動きだす。

 


英語で蕎麦会

2014-01-14 08:10:53 | Weblog

今日は「英語で蕎麦会」の事始め。

ビル・スメールというIT業界にいた社長が始めた英会話。

2001のテロの時も、奇しくも英会話「ぼくビルスメール。だからビールとスルメで英会話・・」

みたいなノリで始まったけど、岩本先生にバトンタッチして、かれこれ10年になる。

天真庵が押上に移し、先生も近くの長屋に越してきて、すぐに結婚をし、昨年嫡男な誕生し、

今では長屋の街を闊歩するにいたる。斜め前に築90年くらいの長屋があり、取り壊される

ことになった。その長屋の隣にうちの常連さんの実家がある。その家も築90年で、となりの

長屋と屋根がぶつかっていて、あたかもみんな長屋のように見える。下町の長屋

は人が寄り添うように生きくらしてきたが、建物もまた寄り添うようにして、震災や戦災

に耐えぬいてきた。そんなほんわかするような物語を紡いでいたものが取り壊され、

今どきの建物になるにつけ、ネコの姿も少なくなり、人の営みもまた影が薄くなっていく。

明日はお休みだけど、「かっぽれ」

二階のお座敷で蕎麦会をやるとき、芸者は呼べないけど、男芸者は応相談で

呼ぶことができる。かっぽれの名人が3人ひかえている。

金曜日は「ダメ中」こと、ダメから始める中国語。今週は「語学の週」だ。


普茶料理を堪能

2014-01-13 09:10:08 | Weblog

昨日は「蕎麦打ち」の事始め。マイのし棒を持って、元気な女子たちが

やってきた。最近は高橋さんのビデオを見てイメージトレーニングをやっているらしく、

流れるようなリズムで蕎麦打ちがおこなわれた。

この子たちと、一年をかけて試行錯誤してきた「なんとなく蕎麦を喰う会」というのが、

「普茶料理風そば会」の原型だ。いつもは、かえしと柚子胡椒で食べる「そばがき」も、

きのうは煎り酒浸しにし、ねり梅をのせ、ふたつきの志野茶碗で出した。ぬる燗も、

囲炉裏の五徳に南部鉄瓶をおき、その中で露天風呂のように備前徳利を入れ、

それを漆の酒器で飲む。露天風呂の醍醐味は、「生きているのか死んでいるのか、わからない

ような状態」が最高だとされるが、お酒もまさにその境地が最高。

三味の音なんかがあれば、都々逸でも、かっぽれでも・・・といった気分になる。

寒い日の熱燗は、ほんとうに極楽極楽。絞めのつもりで出した「とんさま」だったが、

豚肉で一献、汁を飲みながらまた一献・・・・これまた一楽で酒がとまらない。

そばの好きな人は、酒が好きな人が多い。そば湯で一献という境地になれば、そば大学も卒業証書が近い。

今日、今は「卵かけごはん」

手前味噌作りもいよいよ始まる。30人くらいの同志と、思い思いの味噌をつくり、味噌汁歳時記よろしく、

苦みの春、酸味の夏、慈味の秋、根采の甘みの冬・・・春夏秋冬の家庭の味が優美にひろがっていく

物語の始まりでもある。

今日は19時まで「あきない中」  日々是好日。


ネコカフェに対抗して猿カフェ?

2014-01-12 08:12:12 | Weblog

今日は「蕎麦打教室」&「なんとなく蕎麦を喰う会」がある。

この「なんとなく」は、普茶料理を意識した蕎麦会。

これが発展して、今年からの新企画「二階で普茶料理風そば会」になった。今朝

は新しいメニューをやりたいと思って、いつものように5時にお店にいき、近くの

スーパーに買い出しにいったら、朝帰りのMくんのオカマ言葉が後ろから聞こえて

きた。「あ~ら、こんなにはやいの」。

なんか話があるらしい。いつも新しいことを始めるキッカケをつくってくれたり、新しい

ことを始める時、彼が偶然?店にきたり、外であったりする、そんな不思議な人だ。

今日は「猿の置物をあげる」という。そんなことで、自分の干支でもある猿の置物

がやってきた。それを眺めながら、朝まずめの薄暗い押上で、談論風発。

御所にいっても、比叡山の方向、つまり鬼門の方向には、封じの猿が祀られている。

ちゃめっけたぷりの顔をした猿だが、カウンターに猿年の男ふたりといっしょに鎮座

していると、さしずめ「見ざる、聞かざる、言わざる」だ。

今日は日曜日なので16時で閉店。それから「蕎麦打ち....

明日は「卵かけごはん」

 

 

 


今年も「文花的な寺子屋」が始まり始まり

2014-01-11 08:19:46 | Weblog

昨日は寒かったけど、今年はもっと寒い感じ。

そば粉をこね鉢に入れ、約半分の水を入れて水まわしをする。

その水も冷たいけど、そば粉も冷たく感じる季節。信州の蕎麦屋

さんなんて、もっと寒い中で蕎麦を打ってるのだろう。粒々皆辛苦の蕎麦打ち。だから価値がある。

昨日は「ねんど」だった。その前に無茶しぃの会の仲間で花やさんをやっているイルフィオレット

の女主人が「蝋梅」を持ってきてくれた。この季節は梅が待ち遠しい季節。それまでのつなぎに

「蝋梅」が手に入ると、部屋中が「春近し」と合唱しているようで、いい。彼女はこんどの水曜日

からまた「bunkan」で週一店長としてカレーをやる。ほんとうに「美味いカレー」はこんなもんや、

という自然で体にいいカレー。

蝋細工の梅みたいだから、そういう名がついた。この花の季節になると、京都で蝋けつ染めを

やってはった野村富造はんが偲ばれる。「染めもん展」を池袋時代からずっと続けていたけど、

2011年に旅立たれた。あれから京都にはいってないな。

その意志を受け継いで、河野はんが毎年続けて「染めもん展」をやってくれてはる。

今年も4月にやろうではないか、と昨日メールがきた。いろいろ時代が移り変わり、

「和もの」が絶滅危惧種みたいになってきた。日本人のDNAをもった人らが、あまたいる国で、

先人たちが残したものを置き忘れて、バッチーのカバンとか、アイガモのなにがビリボリだの、

厚顔無恥な話が巷にあふれている。

昨日は「普茶料理」の実験と仕上げのような料理を作って、ねんどの会にだした。

小学校2年のころからづっと自分のお年玉を12等分して、毎月その中から「ねんどの会」の会費

を自腹で払い続けているみくちゃんが今年中学生になる。身長も150cmを超え、先輩の女子

たちを追い抜いていきそうな勢い。彼女に「そば豆腐」と、おからの「信田巻き」を褒められた。

今年もいろいろなことが、それぞれ、おひとりおひとりの人生に起きる、と思うけど、気のおけない仲間

や大家族みたいな人たちと、いっしょに蕎麦を食べたり、談論風発の時間を楽しんでいければ、何の不足

もない。「足るを知る」というのを、体ごと体感するような時代がせまっている。ある意味いい時代。

元気なやさしさを広げていける人が輝く時代。

 


あけおめ ことよろ

2014-01-10 08:30:53 | Weblog

姪っ子たちに、そういわれた。

いつの時代も言葉を短縮していうのが流行る。

レモンシュカッシュを「レスカくださ~い」なんていうと、少し大人に見えたり、

大阪ではアイスコーヒーのことを「レーコー」なんていってたデ。

では、クリームソーダを頼もうと、「クーソー」ときばって言ったら、「カレー」がでてきた、

なんていう洒落のききすぎた少し臭い話もある。なんでも略せばいい、という問題ではない。

さきほどラジルラジルから「モーツァルトの主題による変奏曲」 のギターソロが聴こえてきた。

朝から静かなギターを聞くというのは、少しフェイントがかかっているようだけど、都会の朝に

オオルリやヤマガラを見つけたような稀有な幸せ感が漂う。

それを聞きながら朝飯。いつものように島源のアジの干物に、味噌汁と昨日木曾の般若くん

からおくってきた彼作の「アカカブ」。マイナス10度以上の寒さの中で、毎年この時期におくって

くれる気持ちに感謝。いい友達がいることは、毎日が楽しく過ごせる。3月には般若くんの嫁に

なったヨッシーが、天真庵でヴィオラを弾いてくれる予定だ。N響の中竹さんが時々ヴィオラ

をやってくれるけど、ヨッシーのヴィオラも女性らしく個性的で、木曾の澄んだ空気の中で研鑽

された音はまた一段とグレードアップしているに違いない。とても楽しみだ。

そろそろ「寒」も本格的になってきた。酒の寒仕込みと同じく、この季節は「味噌の仕込み」

が始まる。今年は30人を越しそうな勢い。よって二月は、音楽のイベントなんかが少なくなる。

ひさしぶりに「マリオネット」が2月にやるかもしれないが・・

31日、旧正月に、ももちゃんの薩摩琵琶のコンサートがある。

押上文庫で知り合った女義太夫(これも、ジョギなんて略したりする)の人たちと筑前琵琶

のコラボが、29日に浅草の大黒屋という天ぷら屋の別館でやるらしいので先日予約を入れた。天ぷら屋が別館で

そんなことをやる、というのが、「さすが浅草、芸の街」だと思う。押上では、「押上文庫」くらいだ。土地の文化の

厚みの差か?(こんなことを書くと、近所のおっちゃんらが、目を白黒させて、文句をいう)。

押上には、ひょっろとした男根みたいなツリーはたったけど、浅草あたりから見るのがちょうどいいかげん

なような気がする。かっぱ橋からどじょうやや今半にいく道から見えるのが、個人的には好きだ。

今夜は「ねんど」

コネルのまいかさんがやってきて、楽しいコネコネ倶楽部。

 

 

 


こんなお茶を飲んでいたら、太らないし、元気でいられそう!

2014-01-09 16:42:58 | Weblog

七草がゆというのは、正月の飲み喰いで疲れた胃を休める

ために考えられた習慣。中国からきた習慣。正月の7日を人日(じんじつ)として7種類の菜を食べるようになった。

ちなみに、一日がニワトリ、二日がブタ、三日がヒツジ、四日がイヌ、五日がウシ、六日がウマ、そして七日がヒト。

食べてみると、実に慈悲深い食べ物だ。すべてが薬効ありだ。茶ももともと「薬」として扱われていた。

今日はまだ煎茶のお稽古が始まらないので、朝起きて、田舎の方へ野菜

を調達にいく。朝とったばかりの大根や小松菜などが、「おはよ」といわんばかり

に並んでいて、それを見るだけで、元気になる。

生まれたばかりの赤ちゃん(3歳くらいまで)に、無農薬でまじめにつくったニンジンを

にぎらすと、元気な子に育つ、という話を聞いた。なんかすぐに「そうかも」と納得

できるような話。

今日は年末に、蕎麦の弟子さんにいただいた「さし豆入り 土佐番茶」を飲む。

手あぶりに炭を入れ、そこに静岡からなつきくんが汲んできた水を沸かす。

番茶は高温のお湯のほうが美味いので、急須と茶碗をあたため、そこに茶葉を入れ、

熱くなったお湯を注ぐ。きし豆は、マメ科の植物で神話にでてきそうな神さまみたいな名前

の「カワラケツメイ」というらしい。別名「弘法茶」というのが、なんとも四国で愛されてきた

証拠だ。番茶というのは、カフェインも少ないし、血糖値や血圧をうまく調整してくれるし、

お茶漬けなどにしてもいいし、豚肉なんかを煮たりしてもいい。玉露や煎茶に対して、

位が低いような感じがするけど、体にいい、という点では王様みたいなっもんだ。

その後は、「チャーガティー」を飲んでいる。別にお茶オタクではないけど、仕事がらか人がら

からか?茶をいただくことが多い。チャーガといのは、白樺の木に寄生するキノコで、朝鮮人参

をつくった土が、何年も畑にならないように、白樺の養分を吸いつくして枯らすくらいの力があり、

しかも白樺の1万本に一本の割合でしか見つからないので「森のダイヤモンド」と呼ばれているらしい。

そろそろお屠蘇気分もぬけ、新年のスタート。と思っていたら、30日に「初めてのお使い」

みたいに「蕎麦打ち体験」をした男子4人が、旧正月(今月31日)の前の日に「年越しそば」

をやりたい、という要望を受けた。本気やる気モードになっているので、「ええよ」と承諾。

旧正月が「薩摩琵琶のコンサート」と重なるところが、無駄のない縁を感じてしまう今日このごろ。

明日は「ねんど」  寺子屋も事始め。

12日(日)は、「蕎麦打ち」&「なんとなく蕎麦を喰う会」19日(日)26日(日)も。

13日(月)は「卵かけごはん」の始まり始まり。

14日(火)が「英語で蕎麦会」

15日(水)が「かっぽれ」

16日(木)は、自分のお茶のお稽古はじめ

17日(金(が「ダメ中」

18日(土)が「お花のお稽古」夜は「インヨガ」

 

 


ぼくちゃんがやってきた。

2014-01-07 09:08:18 | Weblog

今年は新年そうそう、懐かし友達があまたやってくる。

きのうは自称「ぼくちゃん」という不思議な縁で知り合った友達が

国立劇場で踊りを見た後電話があって、きた。昨年ガンの手術をしたのだが、

元気でガンのほうがびっくりして逃げていきそうなくらい、元気で70路を超えた今でも、

機関銃トークの威力は衰えないし、好奇心と行動力も50代と遜色がない。

彼は天真庵を改装しているころから、遊びにきていた。どこの街にもいる「新しいもん好き」

きっと彼のお父さんは、「町内会で一番最初にテレビを買った」みたいな人だと思う。

「二階の普茶料理風そば会」にも関心をしめし、その下見、と舌味もかねた蕎麦会をやってくれた。

友の遠方より来る、というのは孔子さまでなくても、うれしからずや。

昨日年賀状をもらった友達も一昨年に肝臓ガンの手術をしたのだが、田舎の九州と

東京を往復しながら「しいたけ栽培に挑戦する」と書いてあった。その友達は今年

は齢80を超えるころ。「ガンになっても100まで生きる」みたいな元気な日本人が

増えてきた。

田舎暮らしと東京くらしの両方をやるには、体力も財力もかかる作業ではあるが、

「これからの二足のわらじ」という点では、大きなテーマであるし、あこがれでもある。

年末に「将来は田舎で農とふれあう生活をしたい」という若者が集まり、蕎麦打ちを

やったけど、都会で田舎暮らしを準備する時に、「蕎麦打ち」というのは、杵柄に

なる可能性がある。農業は六次産業化しないといけない分野。そして東京で暮らして

いる人たちもまじめに自給自足で持続可能な生活に向けて歩みはじめないといけない

時代がすぐそこにきているような気がする。

今朝早く店にいったら、近くのカフェの店長が静岡から汲んできた「水」を

テラスにおいていてくれた。「寒の水」よろしくコップ一杯を飲む。富士山という

この星で一番の濾過機に感謝。その国に生まれてきたことにも感謝。