小説でも、ある一節、ある言葉、ある事柄、ある感触から、一瞬のうちに忘れかけられていた記憶が意識の底から引き上げられて、かつてその時抱いていた感情が一気に吹き上げてくるということがあります。そしてそのことが、至上の歓びであり、人の生きてきた感情に特別の意味を持ったりします。幼少のことであり、青春の多感な時であり、それは人さまざまです。フランスの作家プルーストは、そのことを長大な小説に書きました(『失われた時を求めて』)。プルーストにとって、記憶と意識の関係は自分の全生涯と同じくらい重大なことだったのです。
映画や音楽なら、なおのことそういうことがあるのかもしれません。忘れていた音楽の一節を聴いたことによって、なぜか知らぬ哀切が襲って来たりして、一人感動することがあります。
シルヴィ・ヴァルタン (Sylvie Vartan)の「アイドルを探せ」―。原題はLa plus belle pour aller danser。意味は、「踊りに行くのに一番の美人」。彼女が20歳の時の大ヒット作で、今も日本のドラマやCMで流れるくらいですから、知っている人が多いでしょう。
私はこの曲を何度も聴いたわけではなく、自分で当時レコードを買ったわけではありません。テレビの歌謡番組で1回か2回くらいは聴いた程度でしょう。もしかしたら、友だちの家へ行ってレコードがかかっていたのを聴いたのかもしれません。それが昨日、たまたまちょっとしたショーでシルヴィのこの曲の一節を聴いてしまい、突然こみ上げてくるものがありました。歌も声も、もちろんすばらしい。当時の彼女の美しさも記憶にあります。でも、私が感動したのは、その歌から導かれてきた青春のさまざまな感情だったのでしょう。
恋をし、友と語らい、親や兄弟への複雑な思い、未来への見えない不安、友や家族がいても言い知れぬ孤独感 ― 。異性との関わりが、自分という全存在を取り巻いていくような、楽しくもあり、つらくもあり・・・。そうした、もろもろの情感をまとめてくるめて引きずり出すひとつの曲、それが「アイドルを探せ」。ちょうど青春の真ん中にいて、そしてその時、ちょうどシルヴィの歌がそこにいた。僕の青春の真ん中に君がいたように・・・。(偶然にも今日はシルヴィ・ヴァルタンの誕生日です。)
8月15日
※あとで記憶をたどったら、「アイドルを探せ」ではなく、同じ大ヒット作「あなたのとりこ」Irrésistiblement (1968年)23歳でした。
9月22日
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます