鐔鑑賞記 by Zenzai

鍔や小柄など刀装小道具の作風・デザインを鑑賞記録

夜狐図鐔 壽松斎東意 Toui Tsuba

2020-07-09 | 鍔の歴史
夜狐図鐔 壽松斎東意


夜狐図鐔 壽松斎東意

 赤銅魚子地を活かした作品。綺麗に揃った魚子地が夜の涼やかな空気を表わしている。月は魚子地の表面に鮮明に描かず、魚子地の下に銀の平象嵌を施すことによって穏やかに、霞むように描いている。月明かりに浮かび上がる狐の営みを垣間見せている作で、なんて素敵な描法なんだろう。この場面ではこの月がいい。

月に梅図小柄 春明 Haruaki Kozuka

2020-07-08 | 鍔の歴史
月に梅図小柄 春明


月に梅図小柄 春明

 三日月の頃、月の陰っている部分がぼんやりと見え、月の輪郭が分かるといった状況に出会ったことがあるかと思う。地球からの照り返しが、本来であれば暗くて見えない月の陰になっている部分をわずかに浮かび上がらせる現象で、地球照という。空気の澄んだ冬場に多く見られる。その現象を表現しているのが面白い。色違いの朧銀で不思議な現象を明示している。

梅に月図縁頭 政随 Shozui Fuchigashira

2020-07-07 | 鍔の歴史
梅に月図縁頭 政随


梅に月図縁頭 政随

 2点の鐔で紹介したように、月や太陽をおぼろに表現したい場合、布目象嵌の手法が採られることが多い。おぼろ、ぼんやりとした状態、捉えどころのない雲の様子、実体のない存在などのぼかしの描写方法について説明している。
この縁頭の図は三日月だろうか、雲に隠れつつある満月だろうか。真冬の凍るような冷たい空気感を示す明確な輪郭とは対照的に、下半には雲のような何かを描いて三日月に仕立てている。面白い描写だと思うがどうだろう。

浜松千鳥図鐔 政随 Shozui Tsuba

2020-07-06 | 鍔の歴史
浜松千鳥図鐔 政随


浜松千鳥図鐔 政随

 清乗の描いた鐔と同じ場面。同じ要素が採られているのだがだいぶ違う。中景がないのである。磯馴松の背後に大きく夕日を捉えているところなどは確実に太陽も、その手前の松も、そして群れ飛ぶ千鳥も主題である。特に表の千鳥は表情も様々で、最も描きたかった題材に違いないと思わせる。かろうじて布目象嵌で斑を施すことにより、西の空に低く明るさの弱まった太陽を表現している。ぼかしは太陽のみに採られている。

浜松千鳥図鐔 後藤清乗 Seijo Tsuba

2020-07-06 | 鍔の歴史
浜松千鳥図鐔 後藤清乗


浜松千鳥図鐔 後藤清乗

 描かれている事物とえば、浜辺の風景の要素である松、千鳥、波、雲、遠く沈みゆく太陽だが、作者はこの要素を描きたかったのだろうか。この事物を埋め尽くしている場、即ち空気感を表現したかったと考えたなら、何も描かれていない部分に意味が生じてくる。実体を鮮明にするのではなく、棚引く雲に金の布目象嵌、弱くなった太陽には銀の布目象嵌を施している。表の雲もまたすぎることのない薄肉彫で、いわばぼかしの手法が、金家の鐔と同様に全面に採り入れられている。

達磨図鐔 金家 Kaneie Tsuba

2020-07-04 | 鍔の歴史
達磨図鐔 金家


達磨図鐔 金家

 山水図を、あるいは一光の作風の流れを遡ってゆくと金家に到達する。金家は、主題の背景に山水を描いたり、主題を表に、裏に山水を描くなどした作品を残している。金家が、後の多くの金工に空間描写、空間の演出を教えたといっても良いだろう。何も描かれていないように見えるが、多くのことを語っている。見るものに思索を与えている、というべきか。見る者によってこの空域が様々に変化するであろうし、意味を持つ。金家は禅に通じていたと、あるいは禅画を描いたと言われ、特に達磨を描いた鐔は、単に描かれている主題を鑑賞するものではない。

山水図鐔 正阿弥一光 Iko Tsuba

2020-07-03 | 鍔の歴史
山水図鐔 正阿弥一光


山水図鐔 正阿弥一光

 これでもか、というほどに濃密に空域を描き出した若芝の山水図に対し、この作者は中間の景色をなくし、遠景を雲の隙間にわずかに顔を出しているかのように表現している。中間を省略している・・・のではなさそうだ。というのは、何も描かれていないように感じられる中間部分には、焼手腐らかしによって微妙な凹凸を施しているのだ。穏やかな凹凸は雲か、空気感か。一光はぼかしをこのように用いた。

山水図鐔 若芝 Jakushi Tsuba

2020-07-02 | 鍔の歴史
山水図鐔 若芝




山水図鐔 若芝

 山水図の多くは遠く連なる山々から岩の上に佇む人物など近景まで描いたもので、その深遠なる空域を借りて心を遊ばせるといった意味を持つ。近くの木々や人物を鮮明に描き、遠くなるにつれて形状が不確かな岩となり、遥かかなたは霞んだ山並みとなる。若芝は、その表情を様々な布目象嵌で表した。ざっと眺めただけではぼんやりとした景色だが、拡大すると細い線は流れるようであったり、点であったり、クロスしていたりと変化に富んでいる。遠くの山の頂は雪を被っているようでもあり、雲は流れているようにも感じられる。若芝のぼかしの描写は布目象嵌の変化形である。


雨龍図鐔 西垣勘四郎 Nishigaki Tsuba

2020-07-01 | 鍔の歴史
雨龍図鐔 西垣勘四郎


雨龍図鐔 西垣勘四郎

 甚吾でも紹介したが、肥後金工の多くはこのような龍を彫り表わしている。何とも実体が判らない存在、というか気配。絵画をより分からなくしているのが、銀の布目象嵌の技法である。銀は空気中の硫黄分と反応して独特の色合いを呈する。同時に、周りを侵食するように滲んでゆく。その風合いが見事にこの鐔の図柄として活かされている。墨絵でいうところの破墨、滲みの技法である。龍とはこのようなもの・・・なのである。