平素より筑波大学硬式野球部へのご支援、ご声援ありがとうございます。
第9回は髙橋真大(体育4・秋田)と田邉歩睦(体育4・瑞陵)です。
是非ご覧ください。
こんばんは、4年の髙橋真大です。
日頃より弊部へのご支援とご声援、ありがとうございます。
ついこの間入学・入部したと思っていたらもうラストシーズンです。
これまでの3年半は、新型コロナウイルスによる様々な影響もあり特に束の間であったように感じます。
しかしそれと同時に、とても多くの経験と共に私を肉体的のみならず精神的にも大きくしてくれた濃密なものでもありました。
良くも悪くも一生心に残り続ける、またこれからの糧になってくれると思います。
さて、私は普段から話が長い、要領を得ないとよく言われてきました。それは高校時代からそうですし、自分でも自覚はしています。
最近こそ気を付けて会話をしているものの、大人数に向けた話の際などはまさにこの拙さが出てしまうことが多いです。
したがってこのブログでは伝えたいこと・話したいことはシンプルに、短くまとめて終わりにしたいと思います。
私の想い、それは「グラウンド上でプレーする仲間の活躍を誰よりも願っているし、応援している」ということ。これは選手からサポートにまわった今年度、さらに強く感じています。
もちろんこの野球部は、誰一人いなくてもまわらないし、みんなが必要な存在ですが、直接結果に関わるのはリーグ戦に出場する選手です。この人たちが頑張らないことにははじまりません。
そしてそこに追随する、下のチームの選手たち。どの選手たちもリーグ戦出場、そして活躍を目指して日々励んでいます。
チームの上下を問わずこれらの全選手たちには、選手としてグラウンドに立ち、プレーとして表現する喜び、楽しさ、それらと共にある責任感、そして周りへの感謝を忘れずに頑張ってほしいと思います。
私は4年生になって選手を辞めた身ですが、今現在も選手を続けて努力を怠らないみんなを心の底から尊敬しています。是非1人でも多く活躍してほしい、そう思っています。
余談ですが、私はできるだけ多くの選手に対して応援とねぎらいを口に出して直接伝えることを普段意識して行っています。
「今日のセンター前よかったな!」とか、「あの守備ナイスプレー!」だとか(みんな気づいてくれているのだろうか、なんて思ってみたり)。それは自分が選手だった時代に、ほんの少しのプレーについてでも褒められたり、認めてもらったりすることが何よりも嬉しく、モチベーション向上につながっていたからです。
これに関しては引退までずっと続けようと思いますし、これからもコミュニケーションをとるという点では同期・後輩問わず積極的に関わっていこうと思っています。
これを書きながらもまだまだいろんなことが頭に思い浮かんできましたが、これ以上続けると先に記した通りまとまらない文章になってしまうので、今回はこの辺で筆を擱きたいと思います。
ラストシーズン、なんとかリーグ戦優勝を達成し、さらに勝ち進んで神宮球場で活躍する仲間たちを応援したいと心から思っています。
そのために自分にできる貢献の仕方でチームに関わり、良い形で残りの野球人生を締めくくりたいと思っています。
どうか皆様、応援のほどよろしくお願いいたします。
体育専門学群4年 髙橋真大
秋田県立秋田高校
こんにちは、筑波大学硬式野球部4年の田邉歩睦です。
今回のブログでは、私の大学野球を振り返らせていただけたらなと思っております。
私は、この首都大学リーグで活躍すること(もっといえば、プロ野球選手になること)を夢見て入部し,Bチームから絶対に這い上がってみせるという思いで朝から晩まで練習する毎日を送っていました。
この充実した大学生活に亀裂が入ったのは、早くも入学して1か月のこと。ベンチプレス(75kg)で潰れ、胸の骨を骨折。ウエイトのウの字も知らない、当時体重59キロの私にとって、75㎏という重量は無謀だったのかもしれないです(笑)。
この怪我が長い長いトンネルの始まりでした。なんとか怪我を直し、再び猛練習。その成果もあって、1年夏に初めてAチームに昇格。
リーグ戦出場に向けて必死に食らいつく毎日。しかし、Aチームに上がってからたったの2週間後、またもや怪我をしてしまいました。
今度は、有鈎骨骨折、医者から全治3か月と診断された際には、頭が真っ白。俺は、何をしているのだ、と自分を問う日々。
ただ、目標だけは失わず、怪我中もウエイトトレーニングに励み、パワーアップして復帰。
そして、2年春に守備固めとしてAチームに帯同、リーグ戦に出られるチャンスが訪れました。しかし、またもや挫折の日々が。
今度は、新型コロナウイルスで長期間の活動停止。
これが大学生活、いや、これまでの人生を通しての一番の挫折になりました。生活に野球がなくなってしまい、なんのために野球をやっているのか、どうせまた怪我するのではないか、野球をして何が残るのか、考えているうちに野球をする理由が自分の中から消えてしまいました。
退部も考えていた中、私を野球部に戻してくれたのは、同期の仲間。そして、選手を続けたいというわがままも聞いてくれた。
この期間で私の野球に対する考え方が変わりました。自分のためにするのではなく人のためにする野球に。もう一度本気で野球を頑張ろうと思い、再スタート。
しかし、疫病神は消えてはいませんでした。
3年秋に足首の靭帯損傷、4年夏には、これまで向き合い続けてきた肩に限界が来てしまいました。
選手としては、何も残すことができず、失敗。両親をはじめ、仲間には申し訳ない気持ちでいっぱいです。しかし、まだ大学野球(野球人生)最後のチャンスがあります。
それが秋リーグです。
最高の仲間と優勝して、大成功に変えたいです。
そのためにも残り少ない期間、全力でサポートしていきたいと思っています。
拙い文章でしたが、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
体育専門学群4年 田邉歩睦
愛知県立瑞陵高校
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