融通無碍 翼を休めてみませんか

新温泉町浜坂にある日本キリスト教団浜坂教会の
牧師日記

明日は礼拝です

2015年01月31日 | 日記

 明日、2月1日(日)は、主日礼拝です。午前9時から教会学校、10時から讃美歌練習、10時15分から礼拝が始まります。メッセージは「浜大根の花が咲いていた」、讃美歌は「恵にかがやき」(今月の歌)、「聞けよ、愛と真理の」、「主の招く声が」です。礼拝後には、祈りの一時をもちます。ご興味のある方は、どなたでもご参加ください。礼拝後には、2月の定例役員会を行います。

 世の中では、お金のためや、あらゆる目的を果たすために、人の命が用いられるという、行くところまで行ったという状況があります。しかし、考えてみれば、同じような歴史を繰り返しているのかもしれません。進歩がないということなのでしょうか。人が理性を取り戻し、互いの命を大切にすることのできる世の中になるようにと願ってやみません。

 但馬地区、そして兵庫教区にある諸教会・伝道所で守られる礼拝の上に、お守りと祝福をお祈りします。

 


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行方不明

2015年01月30日 | 日記

 おとといから、ご近所の方が出かけたまま帰って来ません。翌日、町内の方々で方々を探しましたが、手がかりも見つかっていません。関係機関も捜索をしています。無事にひょっこりと帰って来て欲しいと願い、それぞれが祈っているところです。


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あれこれと考えてみた

2015年01月30日 | 日記

 政府が労働力として移民を入れようとしていますが、そのような政策は止めて欲しいと思います。移民を入れたら、移民を仕事に就かせるところまでお世話をしなければならないと思います。その仕事をするのが大手の人材派遣会社です。つまり、この政策は、かなりの割合で人材派遣会社に利する政策ではないかと思います。その証拠に、政治家が人材派遣会社の接待を受けたり、人材派遣会社の会長が政府の会議で重要なポジションを与えられています。その結果、賃金が安くて不安定な非正規社員の数ばかりが増えるようになります。すると、日本の若者は、正規社員になることが難しくなり、低賃金で生活が苦しくなってしまいます。私たちの子どもや孫が、そうなるのです。こんな政策を進めているお役人は、自分たちの利益にしか目が向いていないように思います。

 政府が戦争で使う武器を売れるようにしています。単に武器を売るだけでなく、メンテナンスや部隊の派遣、滞在等、たくさんの付随したビジネスも生じてきます。武器を売って利益を得るのは企業ですが、その他に生じる莫大な費用を負担するのは政府です。原子力発電所がその例です。原子力発電で儲けるのは企業ですが、その他に生じる莫大な費用は政府が負担しています。それら、巨額の費用は、税金です。武器で儲け、ばらまかれた税金で儲ける人たち(俗に言われているシロアリ)が出てきます。そこに、接待を受ける政治家もいるだろうし、天下る役人もいるでしょう。けれども、考えてみてください。戦争は人の命を奪い、人の心を傷つけ、自然を破壊するものです。別の言い方をすれば、神さまの「自然の恵みを受けながら、みんなで平和に仲良く生きなさい」という考えに反する行為です。お金を儲けたいという気持ちは分かりますが、あまり度が過ぎると、本当に屍を踏みつけて歩いていることになってしまい、その人の心を蝕み、その人や家族を幸せにすることなどないでしょう。

 今しか言えないことなのかもしれませんが、自分たちの国が侵略されそうになったら、自衛のために防戦しなければならないというのは分かります。そうならないように、外交で最善の努力を尽くすというのは前提です。また、日本には「平和憲法」があり、それが他国から攻め込まれない「担保」にもなっています。よそで行われている戦争に首を突っ込んで、どちらか一方の応援をしなければの話ですが。このことは、「倫理」であり、小学生でも分かることです。その意味でも、「平和憲法」を持っている日本が、人を殺す武器を売る「死の商人」になることも、倫理的におかしいことです。「二度と再び戦争はしません」と言いながら、「戦争で使う武器を買ってください」と言ったとしたら、それは二枚舌というものです。これも、小学生でも分かることです。

 こんな調子でいたら、いずれ近い将来に、戦争に巻き込まれても仕方ないことになってしまうでしょう。そのとき、平和憲法を捨て、辺野古から日本の軍隊が、自分の子や孫が出撃するようになるでしょう。そのために普天間ではなく、辺野古が是が非でも必要なのでしょう。もう、日本の議員は金目教の信者ばかりなのでしょうか。自分の子や孫の屍を踏んづけて金儲けをして、悪魔ですか?その悪魔を選挙で選んでしまったのが私たちだというのなら、私たちもまた、「ナントカ村の住人」と呼ばれているように、わずかなハシタ金が欲しいために魂を悪魔に売った愚か者なのでしょうか。

 私たちは、子どもを思う親の気持ちや、人と仲良くしようといった気持ちを忘れているのではないでしょうか。いつの間にか「人の心」というものが、「互いを愛し、互いを大切にする」とするのではなく、「お金を愛し、お金を大切にする」という思いに支配されてしまったのでしょうか。そんなことをあれこれと考えながら、この数日を過ごしています。自らに対する悔い改めの思いは尽きませんが、悔い改めるのもまだ早いのかもしれません。牧師として、イエスさまの愛の教えを一生懸命宣べ伝え、地域の方々と仲良く暮らせるようでありたいと思います。

 「石の床に描いたママ」という記事を見ました。(←クリックすと見られます)これは現実です。これを見て涙が出ました。

 


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「霊と真理をもって礼拝していた」

2015年01月29日 | 聖書のお話

「霊と真理をもって礼拝していた」 ヨハネによる福音書 4章16~26節

 人は、自分が経験した以外のことを想像することがなかなかできない存在ではないかと思います。そんな人間の欠点を補うことができるのが、「出会い」というものではないでしょうか。イエスさまは、サマリアの女性に「あなたの夫を呼んできなさい。」と言いました。彼女は、「私には夫はいません。」と答えました。イエスさまは、「その通り。あなたには5人の夫がいたが、今連れ添っているのは夫ではない。」と言いました。

 夫とは「男性」のことを指すとすれば、今連れ添っているのが夫でないとしたら「女性」であると考えることもできます。そのことは、異性愛を想像することしかできない人にとっては、想像さえできないことであるのかもしれません。そのために、拒絶し、憎悪するといった反応を起こす人さえいます。けれども、近年では、それが性同一性障害であることが分かり、違いを認め、ありのまま受け入れ合うことが大切であると理解されるようになってきました。

 サマリアの女性は、自分が礼拝する場所がどこにもないことを訴えているように思います。イエスさまは、彼女の訴えに「この山でもエルサレムでもないところで、霊と真理をもって礼拝する時が来る。今がその時である。」と答えました。霊とは言葉、真理とは神さまを求める信仰のことです。すなわち、国や民族が違っても、様々な思いが異なっていても、互いが言葉を交わし、互いが神さまを求めようとする信仰をもって共に礼拝することが大切なのであり、場所が問題ではないと教えられているのではないでしょうか。「出会い」によって違いに気づかされ、対立を乗り越えて、「今」を共に生きることができるように、自らの有り様を捉え直しつつ歩む一人ひとりでありたいと思います。

 


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「浜大根伝道」始めました!

2015年01月29日 | 浜大根伝道

 浜坂町を流れる岸田川の岸辺には、浜大根がたくさん生えます。浜大根は、アブラナ科の一年生植物で、ダイコンが野生化したものとされ、全国各地の海岸の砂地に生えています。春には、淡い紅紫色のスミレのような可愛い花をつけます。ダイコンという名がついていますが、根っこは太くならず、固くて食用にならないとされています。けれども、毎年種がこぼれ、たくましく育ち、やがて土へと帰り、土地を豊かにしてくれます。

 浜大根を見ていると、地方の小規模教会のことを思い起こします。それは、御言葉を宣べ伝えるために、地方で頑張っている小規模教会や伝道所が、伝道の困難や、財政的な困難といったものを抱えつつ、それぞれの地域で根っこを張って、花を咲かせ、御言葉の種を蒔き続けている日常と重なっているからです。

 浜坂教会では、浜大根のように浜坂に根を張って、御言葉の種を蒔き続けるようでありたいと願い、「浜大根伝道」という言葉を掲げ、イエスさまの愛の教えによって、人々の心が豊かにされ、地域も豊かになれるようにとの思いで活動したいと考えました。また、町おこしは教会おこしでもあるという考えをもって、浜坂の特産品をご紹介したり、色々な情報を発信したいと思っています。

 

 


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