5月30日午後8時23分頃、小笠原諸島西方沖でマグニチュード8.5の地震があり、全国各地で揺れが伝わり、最大で震度5強とのことです。31日のニュースでは、10人以上のケガで、家屋の倒壊や死者は出ていない模様で、不幸中の幸いです。ホントに最近は、地震などの自然災害が多いように思います。日頃の備えを怠らないようにしたいと思います。
5月30日午後8時23分頃、小笠原諸島西方沖でマグニチュード8.5の地震があり、全国各地で揺れが伝わり、最大で震度5強とのことです。31日のニュースでは、10人以上のケガで、家屋の倒壊や死者は出ていない模様で、不幸中の幸いです。ホントに最近は、地震などの自然災害が多いように思います。日頃の備えを怠らないようにしたいと思います。
明日、31日(日)は、主日礼拝です。午前9時から教会学校、10時から讃美歌練習、10時15分から礼拝が始まります。メッセージは「自分の罪を自覚した」、讃美歌は「キリストにはかえられません」(今月の歌)、「神の息よ」、「神の霊よ、今くだり」です。礼拝後には、祈りの一時をもちます。その後、お茶の一時をもちます。
ネパールでの大地震、箱根山の火山活動、口永良部島の噴火は驚きました。地震・火山列島の日本は、どこも災害のリスクはあるのですね。過酷災害の前には、頑丈な建物もひとたまりもありません。原発も例外ではありません。原発事故が怖いののは、ひとたび暴走が始まると、制御できないということが、福島原発の事故で証明されました。狭い日本で原発が本当に必要なのか、考え直す必要があるのではないかと思わされています。
「自分の殻を超えていた」 使徒言行録 2章1~13節
イエスさまは、福音を宣べ伝えました。それは、当時「罪人」とレッテルを貼られていた人たちのところへ行き、その人間性を回復することによって神の国が近づいたことを示すものでした。一方で、当時、権力者とか指導者と呼ばれていた人たちは、神の国は未だ来ないと考え、利権を貪り、放蕩の限りを尽くし、神さまの戒めを軽んじていました。そうしてイエスさまは、十字架に架けられました。十字架の刑は、ローマ帝国に反逆した者が受ける刑罰でした。イエスさまは、社会に向かって神の国を宣べ伝え、その結果ローマ帝国に反逆した犯罪者として十字架に架けられてしまったのです。
ペンテコステは、使徒たちの上に聖霊が降ったことを記念する日です。同時に、使徒たちが世界に向かって神の国を宣べ伝え、教会が誕生したことを記念する日でもあります。弟子たちは、イエスさまが社会に向かって神の国を宣べ伝え、十字架に架けられたことを誰よりもよく知っていました。そして、自分たちもまた、世界に向かって神の国を宣べ伝えることによって、どんな結果が待っているかを、ある程度は予想できていたのではないかと思います。
宣教とは、異なる文化や伝統、また考え方をしている人たちのところで、イエスさまの教えを宣べ伝えるということです。言葉を交わすだけであったり、自分の考えを押しつけるだけでは伝わるものも伝わりません。そこには、自分の殻を超えることが求められているように思われます。使徒たちの場合、具体的には、ユダヤ教という殻であったと思います。相当な自己変革がなされなければできることではありません。異なる世界に向かうことができたのも、自分が大切にしてたユダヤ教という殻を超えることができたのも、聖霊の支えと導きがあったからであると聖書は伝えているように思います。
口永良部島でマグマ噴火が起こり、全島民が避難とのニュースを見ました。不幸中の幸いで、火傷を負った人がいるだけで、亡くなった方はおられませんでした。あちこちで、火山活動が活発になっている様子も伝えられています。自然災害は、なかなか避けられるものではありません。今年は、自然による災害の多い年になるのでしょうか。災害の備えを怠らないようにしたいと思います。
国会では、私たちの国作りにとって大切な憲法の論議がなされています。ところが、学級崩壊ならず、国会崩壊のように、毎度、程度の低いヤジの応酬がなされているようです。認識も浅ければ、人間としての程度も低い、パワハラ、セクハラは朝飯前、こんな人たちに改憲の判断をさせてよいのでしょうか。今年は、政治家による厄災の多い年になるのでしょうか。それを防ぐには、選挙でまともな人を選ぶしかありません。
教会学校の子どもたちと植えた、ひまわりの種が発芽しました。今度、植え替えをしたいと思います。
用事をなるべく徒歩でするように心がけたいと思いました。(今だけかも・・・) 歩いていると、道ばたに綺麗な花が咲いているのを見ることができて、何だかうれしい気分です。