融通無碍 翼を休めてみませんか

新温泉町浜坂にある日本キリスト教団浜坂教会の
牧師日記

明日は礼拝です

2017年09月30日 | 礼拝のご案内

 明日、10月1日(日)は、主日礼拝です。午前9時から教会学校、午前10時30分から礼拝が始まります。メッセージは「義人は一人もいない」です。讃美歌は「さあ、共に生きよう」(今月の歌)、「主よ、いのちのパンをさき」、「ガリラヤの風かおる丘で」です。礼拝後は、祈りの一時、お茶の一時があります。ご興味のある方は、どなたでもご出席ください。また、10月の定例役員会もあります。

 先週9月28日(木)、先月、天に召されました教会員の納骨式を執り行いました。ご遺族と、町内のご親戚が集まりました。このような機会に、普段キリスト教に触れることの少ない方々に、少しでも聖書の御言葉を伝えることができればと思っています。

 明日の午後2時から、香住教会の礼拝のメッセージを担当します。当面は、月に3回から4回行います。これから、日曜の午後の時間を香住教会のために整えておきたいと思います。

 


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「弱さこそ神の義」

2017年09月30日 | 聖書のお話

「弱さこそ神の義」 ローマの信徒への手紙 3章1~8節

 人間は、悪い思いなど、様々な「弱さ」というものを持っている存在です。神さまは、人間の弱さを憎んだり、裁いたりされるのではなく、むしろ人間の弱さを慈しんで、大きな愛をもって支えてくださっているお方です。それ故にパウロは、人間の「弱さ」こそが神さまご自身の真実をいっそう明らかにしているのだと教えています。

 だから、私たちは自らの弱さを恥じてみたり、欠点が多いからといって自らのことを卑下する必要もないように思われます。むしろ、弱さを持っている人を神さまが深く愛していることを心に留め、また自らの弱さを通して神の義が明らかになっていることを誇りに受け止め、胸を張って生きることができるようでありたいと思います。

 


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ままごと政治

2017年09月29日 | 日記

 たまった仕事をこなしていたのと、気分的にすっきりしない日が続いています。そんな中、気がついたら世の中解散総選挙ですか? びっくりしました。

 あれだけ酷いJアラートを出しておいて、実は政治的空白を作れるくらい平和だったということでしょうか。どこまで国民を欺して馬鹿にしているのでしょうか。

 それに、衆議院の選挙なんて、何百億円もの税金がかかるんでしょう。そのお金で、福祉や少子化対策をした方が、税金の使い道としては有意義ではないかと思います。どうせ、自分の金じゃなくて税金だからというのでしょう、税金で寿司を食い、税金で私腹を肥やす人たちの考えそうなことです。

 国会を開けば、森友・加計問題を追及されるので、解散総選挙でもしようか、そうすれば少しでも自分が総理でいられるというくらいにしか考えていないのでしょうね。大義なき解散、森友・加計解散、これほどのご都合主義は、自分自身の品格を地に落とすしかないような諸行です。そうしなければならないなんて、察するところ、よっぽど首に縄をくくられている立場の人なのでしょうね、可哀想に。

 元々、信念もなければ、初めっから「TPP絶対反対、嘘つかない、日本を耕す」と言って嘘をつき、もはや「嘘」という言葉の意味さえ知らないのではないかと思えるくらい反知性的で、保身、私欲の塊なので、その酷さは末代まで語りつたえられるほどのものだろうと思います。

 政治家が、ままごとで政治をやった結果がこれです。この人たちを選挙で選んだ二〇%人たちもまた、金と信仰で縛られた人たちなのでしょうか。いい加減、目を覚まさないと日本が破壊し尽くされてしまうことになりそうです。

 


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明日は礼拝です

2017年09月23日 | 礼拝のご案内

 明日、9月24日(日)は、主日礼拝です。午前9時から教会学校、午前10時30分から礼拝が始まります。メッセージは「弱さこそ神の義」です。讃美歌は「あなたの道を」(今月の歌)、「信仰こそ旅路を」、「飼い主わが主よ」です。礼拝後は、祈りの一時、お茶の一時があります。ご興味のある方は、どなたでもご出席ください。また、午後1時30分からは、合唱の練習があります。こちらも、ご興味のある方は、どなたでもご参加ください。

 昨日22日(金)、先月、天に召されました教会員のお連れ合いの1ヶ月の記念会をご自宅にて行いました。遠くから、近くから、知人の方々が集まり、交友を深められました。普段、キリスト教の記念会に触れたことのない方々にとって、少しでも聖書の御言葉を伝えることができて、感謝です。

 先週の今日、香住教会の故)小林拓哉師の前夜の祈り(前夜式)が行われました。この一週間、長いような、短いような、不思議な毎日でした。明日、香住教会は、代務の小林 聖師が午後からの礼拝を担当されます。香住教会の礼拝の上に、お支えをお祈りいたします。

 10月からは、お隣の教会として、私も礼拝を担当することになるだろうと思います。今後、日曜日の午後の時間を香住教会のために整えておきたいと思います。

 


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「心に施された割礼」

2017年09月22日 | 聖書のお話

「心に施された割礼」 ローマの信徒への手紙 2章17~29節

 人には、悪い思いがあります。たとえ知識や徳が高まったとしても、心の中の悪い思いが完全に消えてなくなる訳ではないものです。それは、神の民としてのユダヤ人であったとしても同じです。ユダヤ人がどれだけ神さまに背き、悪いことをし続けてきたのか、聖書には数々の物語が記されています。それ故に、パウロは、割礼というユダヤ人としての外見上のしるしがあったとしても、それだけでは何の優位性にもならないと教えています。

 ユダヤ人とは、神の民であるのだから、神さまから与えられた律法を守り、自分を愛するように隣人を愛する存在です。パウロは、律法を破り、隣人を愛さないユダヤ人など、もはや神の民とは言えず、たとえユダヤ人でなくても律法の精神を守り、隣人を愛するならば神の民なのであり、外見上の割礼など何の意味もなく、心に施された割礼こそが神の民であることの本当のしるしであると教えています。

 


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