融通無碍 翼を休めてみませんか

新温泉町浜坂にある日本キリスト教団浜坂教会の
牧師日記

「命こそ宝だった」

2016年12月31日 | 聖書のお話

「命こそ宝だった」 マタイによる福音書 2章13~18節

 ヨセフの立場になれば、先に東の国の占星術の学者(権力者)の訪問を受け、高価な贈り物を受け取ることになり、さぞ驚いたことではないでしょうか。そして、今度は夢で「起きて、子どもとその母親を連れて、エジプトに逃げ、私が告げるまで、そこにとどまっていなさい。ヘロデが、この子を探し出して殺そうとしている。」との天使のお告げを受けました。権力者から命を狙われているなんて、さぞ恐ろしかったに違いありません。

 ヨセフが幼子とマリアを連れてエジプトに逃げ去った後、ベツレヘム一帯では大変なことが起こりました。占星術の学者が東の国へ帰ってしまったことを知ったヘロデ王が、ベツレヘム一帯にいた男児、それも二歳以下の子どもを一人残らず殺させたというのです。聖書は、その惨状を預言者の言葉に例えて、「ラマで声が聞こえた。激しく嘆き悲しむ声だ。ラケルは子どもたちのことで泣き、慰めてもらおうともしない、子どもたちがもういないから。」と伝えています。痛ましい光景が浮かび上がって来ます。

 権力者や力のある者たちは、時に弱い立場の人たちを不幸にしたり、殺したりします。現代においても、戦争とは利益の追求に他なりません。先の言葉を残した預言者は、神さまが全てを元通りにしてくださるという預言も残しています。利益より人、命こそ宝であると信じ続けたいと思います。

 


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チェルノブイリ200トン、福島600トン

2016年12月30日 | 日記

 メルトダウンが起こり、溶けてしまった燃料(溶融燃料)がチェルノブイリで200トン、福島で600トンあるとのことです。

 チェルノブイリでは、溶融燃料を取り出す技術もなければ、取り出したとしても処理する技術もないので、引き受けてくれるところがあるはずもなく、現状ベストの方法として石棺で覆うことをしています。

 また、福島の事故で放出された放射性物質の量は、チェルノブイリの7分の1とのことです。事故によって放出された放射性物質が少なかったのは良かったのですが、福島にはチェルノブイリに比べて3倍の溶融燃料がそこにあるわけですから、今後、再びトラブルが起これば、相当量の放射性物質が放出されてしまう可能性があるということが考えられます。

 それで、福島は石棺で覆わなくても大丈夫なのかという問題ですが、日本の国土の狭さとか、地震の多さとか考えると、考えつく結論は、石棺で覆うことがベストなのではないかと思います。色々な理由があるかもしれませんが、安全第一という観点から考えると、石棺で覆うしかないと思います。

 忸怩たる思いがしますが、これが原発を選択してしまった帰結ではないでしょうか。すでに、子々孫々の代まで汚れ物を押しつけてしまっていることを多少でも悔いる「良心」が残っているのなら、原発の運用は終了し、代替えエネルギーの開発にシフトすべきではないかと思います。

 原発を止めると経済が成り立たなくなる・・・とか言う人もおられますが、ひとたび事故が起これば莫大な出費になり、実質会社は破綻してしまいす。経済どころではありません。また、そもそも子々孫々の代まで残る汚染物質を出し続けようという考え方自体がエゴ、ワガママに過ぎないので、とても徳のある人の考えることではないように思います。

 画像をクリックすると、情報を提供しているサイトをご紹介できます。そこに、動画や、いくつかのリンクがありますので、それらを御覧になると情報と知識が身につくのではないかと思います。

 

 

 


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水漏れ、ひょっとして雨漏り

2016年12月29日 | 日記

 玄関の足下に水が垂れているのに気がつきました。私がうっかり水をこぼしたのか思い、雑巾で拭き取りました。けれども、しばらくして同じ所に水が垂れていました。もしやと思って天上を見上げたら、水で天上が染みていました。ちょうど、2階の流し台の真下のあたりです。火曜日のことでした。

 それで、天上の壁紙をめくると、もう水で自然に剥がれてしまい、壁紙を開いて、まずは乾かすようにしました。とりあえず、2階の流し台に水を流さないようにしました。あとは、天上を切り開いて、中の様子を見てみようと思います。そのために、扇風機を天上に当て、早く乾くようにしていますが、なかなか乾いてくれません。天上裏が水浸しになっているのでしょうか。

 それで、2階の流し台の配水管が詰まって、排水が溢れてしまったのかと思い、2階の流し台の下にある配水管受け口のとこをろ見てみると、オーバーフローしたような形跡は見られませんでした。そうすると、配水管の途中で配管が外れたり壊れたりして、そこから排水が漏れているのでしょうか。凍結によって配管が壊れるというもの可能性がありますが、ここ数日は氷点下になっていませんでした。これは、天上を切り開いて、直接見てみるしかありません。

 後は、雨漏りなのかもしれません。ここ数日のお天気は、まるで嵐のようでした。ちょうど玄関に強い雨が叩き付けられていましたので、雨が風によって建物の隙間から雨水が侵入してきたのかもしれません。2階の礼拝堂天上にも、過去、雨漏りがあった痕跡があり、天上の壁紙には染みが付いています。築34年になりますので、それなりに手を加えなければならない時期なのかもしれません。

 配水管の修理なら見当もつくというものですが、雨漏りについては難しいそうです。せいぜい、「ここかな」というところをコーキングするくらいしか方法がありません。

 2階の流し台で水を使わなくして3日経つのですが、玄関の濡れた天上は乾く様子がありません。外は、雨風が強いです。嫌な予感がします。雨漏りでなければ良いのですが。

 明日、天上の傷んだところを切り開いてみようと思います。それで、配水管が見えると思いますので、見当が付けられると思います。単に配水管の故障であることが分かり、修理も済めば、切り開いた天上の部分は、点検口にでも作り直そうと思っています。

 

  

 


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茨城での地震

2016年12月29日 | 日記

 昨日、茨城県北部を震源とする震度6弱の大きな地震が起こりました。暮れの慌ただしい最中の災害で、さぞお疲れのことと思います。被災された方々にお見舞い申し上げます。

 今のところ、大きな被害について伝えられていませんが、これから段々と被害状況が分かって来るのでしょうか。震源から南にある東海第2原発や廃炉作業中の福島原発は、今のところ異常があったとは伝えられていません。

 東海第2原発は、運転停止中とはいえ、原子炉建屋には使用済み燃料を冷却保管しておく燃料プールがあり、たとえ格納容器が壊れていなくても、燃料プールにひびが入り水が漏れ、やがて使用済み燃料棒が空気中に露出してしまうと大変なことになるということが分かっています。もし、両原発の直下での大地震だったらどうなっていたのかと思うと、ぞっとします。

 それにしても、今回の大地震も、東日本大震災の余震だということで、いつまで続くんだという思いがします。地震が収まって欲しいというのが願望ですが、むしろ地面の下は活発に動いているという見方をするのが正しい理解の仕方なのかもしれません。そのことを冷静に受け止めて、防災について考えることが大切ではないかと思います。ですから、原発を再稼働するなんてことは、自然をなめきっているとしか思えません。

 

*画像をクリックすると、ニュース記事を紹介できます。

 


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老人も若者も

2016年12月28日 | 日記

 世の中は、老人も若者もいて、正常な世の中と呼べるのではないでしょうか。しかし、ながらく少子高齢化が叫ばれ続けています。それに対して、政治は何ら有効な役割を果たしていないように思います。

 考えてみれば、若者は活力に満ちあふれていますが、それをどうやって生かしたら良いのか分からないところがあります。反対に、老人は衰えてはいますが、人生の経験があり、状況に応じて何をしたら良いのかということを考えることができます。

 また、若者には老人の助言が有益であり、老人は若者から元気をもらって朗らかになれるものです。ですから、いくら老人を活用と言っても、そこから老人自身が元気で朗らかになれるかというと、そうとは限らないと思います。

 つまり、若者と老人は互助の関係にあり、若者と老人がいてこそ地域に活力が生まれるものではないかと思います。しかし、少子高齢化によって、どこを見てもお年寄りばかりという状態です。このままでは、社会が老人ばかりになり、社会として機能しなくなってしまうことは明かです。

 にも関わらず、一億層活用とか、低賃金長時間労働とか、若い人たちが家庭を築いて子育てにエネルギーを注ぐことを妨げるような頓珍漢な施策ばかりが行われているような気がします。

 かく言う私も、衰えて気持ちも沈みがちになるとき、若者から元気をもらったりすることもあります。自分が若いとき、老人に支えられていたなんて、全然気がつきもしませんでしたし、老人が若者から元気をもらって希望を持つことができるなんて気がつきもしませんでしたが、最近やっと気がつくようになりました。それだけ自分も歳を取ったということでしょうか。

 今度行われる選挙の際には、候補者がどういった少子高齢化対策を掲げているかということも判断材料にしたいと思います。

 

 

 

 


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