風邪もようやく峠を越したようで、今夜は食事がまともに出来た。
昨日届いた久しぶりの年賀状は、高校の3年間、そして社会人になってからの4年間続いた文通相手、まゆみことまみごんからのメッセージ・・・「元気でしょうか?近況知りたいです。」その一言に、「近況を語るにも前後が必要だしな・・・よし!久しぶりに手紙だ!」とはりきって便箋に向かうが、PC時代に慣れてしまったこの身体、すぐに諦めタイピングで手紙を5枚。
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当時全学年で女性が3人だった王寺工業高校、それはもう男子校であって、女性が居ない学級というのは凄まじいものがあった。 スクールウォーズやビーバップ・ハイスクールの女居ない版みたいなそうじゃないような、ま、学校の事はまた別の機会に書くことにして、その頃買ってたアニメ雑誌だったかな、そこで知り合ってどちらから先に手紙が届いたのか忘れちゃったけど頻繁に手紙のやり取りをしていた。 寒い時には100円カイロを封筒に入れて送って来てくれたり、ギターにぶら下げるフェルトで作ったキーホルダーみたいなのを作ってくれたりと、女っ気のなかった僕には、会ってはいないものの、ひとつの恋愛感情を抱かずにはおれなかったものだ。 趣味もよく合ってたみたいで、特に音楽はよくカセットテープに録音してプレゼントしてあげたり、してもらったり?そんな中で彼女が当時好きだった浜田省吾を教えてもらい、逆に財津和夫率いるTULIPを教えてあげてはお互いがそれぞれの熱狂的なファンになったりと。 今みたいにメールの返事が一時間経っても返ってこないからと喧嘩したり。あるいは殺人にまでなるようなギスギスした時代じゃなかったんだ、手紙を出すと遠かったら最低2日から3日はかかって相手に届くんだよ、それでもその待ってる間が凄く楽しみであり幸せだったりしてたんだ。 人はいつからだろう、「待つ」という言葉を失ったのは・・・。
そんな彼女とは22歳の終わりに一度だけ京都でデートしたことがある。 彼女は岐阜県なので中間地点はということでそうなったのだが、今考えれば全然、中間地点でもないし・・・
当時の俺は、失恋の痛手が癒されぬまま、しかも花粉症にかかり始めた頃で、性格暗いわ、鼻水止まらないわのデート、きっと彼女はつまらなかったんじゃないかなぁ、それでもいまでも待ち合わせ場所に傘を持って立つ彼女の姿も、一緒に嵐山で蕎麦食いながらの笑顔の彼女もハッキリと覚えてる。
それからはお互いが結婚して、彼女も名字が変わり年賀状だけのやりとりになったもんだから、27年だよ・・・そりゃ波瀾万丈の出来事が詰まってますって! まあ、手紙の内容は㊙って事で、とにかく今夜は浜田省吾を聴きながら、あの頃に戻って手紙を書いたという自慢をしてみたかったんだよ!! Facebookじゃないから「いいね」ボタンもなけりゃ「それが?」ボタンもないんだよ~w
昨日届いた久しぶりの年賀状は、高校の3年間、そして社会人になってからの4年間続いた文通相手、まゆみことまみごんからのメッセージ・・・「元気でしょうか?近況知りたいです。」その一言に、「近況を語るにも前後が必要だしな・・・よし!久しぶりに手紙だ!」とはりきって便箋に向かうが、PC時代に慣れてしまったこの身体、すぐに諦めタイピングで手紙を5枚。
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当時全学年で女性が3人だった王寺工業高校、それはもう男子校であって、女性が居ない学級というのは凄まじいものがあった。 スクールウォーズやビーバップ・ハイスクールの女居ない版みたいなそうじゃないような、ま、学校の事はまた別の機会に書くことにして、その頃買ってたアニメ雑誌だったかな、そこで知り合ってどちらから先に手紙が届いたのか忘れちゃったけど頻繁に手紙のやり取りをしていた。 寒い時には100円カイロを封筒に入れて送って来てくれたり、ギターにぶら下げるフェルトで作ったキーホルダーみたいなのを作ってくれたりと、女っ気のなかった僕には、会ってはいないものの、ひとつの恋愛感情を抱かずにはおれなかったものだ。 趣味もよく合ってたみたいで、特に音楽はよくカセットテープに録音してプレゼントしてあげたり、してもらったり?そんな中で彼女が当時好きだった浜田省吾を教えてもらい、逆に財津和夫率いるTULIPを教えてあげてはお互いがそれぞれの熱狂的なファンになったりと。 今みたいにメールの返事が一時間経っても返ってこないからと喧嘩したり。あるいは殺人にまでなるようなギスギスした時代じゃなかったんだ、手紙を出すと遠かったら最低2日から3日はかかって相手に届くんだよ、それでもその待ってる間が凄く楽しみであり幸せだったりしてたんだ。 人はいつからだろう、「待つ」という言葉を失ったのは・・・。
そんな彼女とは22歳の終わりに一度だけ京都でデートしたことがある。 彼女は岐阜県なので中間地点はということでそうなったのだが、今考えれば全然、中間地点でもないし・・・
当時の俺は、失恋の痛手が癒されぬまま、しかも花粉症にかかり始めた頃で、性格暗いわ、鼻水止まらないわのデート、きっと彼女はつまらなかったんじゃないかなぁ、それでもいまでも待ち合わせ場所に傘を持って立つ彼女の姿も、一緒に嵐山で蕎麦食いながらの笑顔の彼女もハッキリと覚えてる。
それからはお互いが結婚して、彼女も名字が変わり年賀状だけのやりとりになったもんだから、27年だよ・・・そりゃ波瀾万丈の出来事が詰まってますって! まあ、手紙の内容は㊙って事で、とにかく今夜は浜田省吾を聴きながら、あの頃に戻って手紙を書いたという自慢をしてみたかったんだよ!! Facebookじゃないから「いいね」ボタンもなけりゃ「それが?」ボタンもないんだよ~w