・おほかたは雪消のなごりかわきつつ風過ぐる時ほこりたちけり・
「軽風」・1942年(昭和17年)刊所収。歌集の発行は33歳のときだが、詠まれたのは1928年(昭和3年)である。佐太郎19歳。
岩波書店に17歳で就職。その2年後の作である。その岩波書店でアララギの会員と出合い入会。従って入会直後の歌となる。
佐藤佐太郎研究者の今西幹一氏の著作によれば、岩波書店の裏の狭い部屋に住んでいたという。半ば住み込みである。しかも、アララギは大学出のエリート揃い。学歴もなく、給仕のような仕事・おそらく使いっ走りのような仕事もしていただろう。「佐太郎にとって短歌で成功することは、とりもなおさず立身であった。」とは今西氏の言葉。
そういう背景を考えると、「かわいている」のは「雪の消えたあと」だけだろうかと考えてしまう。風や道が乾いているのは事実だろう。しかし、その「かわき」は作者の心情の象徴のように思えるのである。
若者の孤独、悲しみ、やるせなさをこの一首は十分に表現してあまりある。その理由は、「乾いた雪消の名残」と「風にたつ埃」の象徴性の高さである。これは当時のアララギのなかでは珍しい傾向であったはずだ。
その空想性と印象の鮮明さが茂吉がアララギ内の新風である所以であったとすれば、佐太郎のそれは象徴性の高さにあるのではないか。一読して茂吉の作品が濃厚であるのに対し、佐太郎の作品には透明感のようなものがあるのもそのためであろう。
掲出の一首は「佐太郎19歳の象徴歌」とは言えまいか。僕にはそう思える。