ツイッターで「自由主義史観」の人とやりとりをした。彼ら彼女らは、僕の事を「自虐史観」の権化のように思ったようで、仲間同士で「自虐史観の人は相手にするのをやめよう」などとツイートしていた。
僕は「歴史は現在から過去を振り返って過去の事実から、未来に向けての『教訓』を得る」ものと思っている。しかし彼ら彼女らは、違うようだ。僕のような態度を「先入観」がある、と断じていた。彼ら彼女らは「新しい歴史教科書」で学んだ世代らしい。
戦後の歴史学も考古学も「皇国史観」を乗り越えるのを目標の一つとした。天皇制が万世一系ではないこと、アジア太平洋戦争が日本による侵略戦争だったこと、日本軍の戦争責任および残虐行為の実態を解明してきた。
ところが「新しい歴史教科書を作る会」は、それを真っ向から否定した。それは「市販本 新しい歴史教科書」の「歴史を学ぶとは」で明確に出ている。
「歴史を学ぶのは、過去の事実について、過去の人がどう考えていたかを学ぶことなのである。・・・歴史を学ぶとは、今の基準からみて、過去の不正や不公平を裁くことではない。過去のそれぞれの時代には、それぞれの時代に特有の善悪があり、特有の幸福があった。・・・歴史に善悪を当てはめ、現在の道徳で裁く裁判の場にすることもやめよう。歴史を自由な、とらわれのない目で眺め、数多くの見方を重ねて、じっくり事実を確かめるようにしよう。・・・そうすればおのずから歴史の面白さが心に伝わってくるようになるだろう。」
歴史を「楽しみ」という趣味の世界に矮小化している。そしてこの教科書の中では、律令制下の農民の「苦しい生活」、中世の武家政権、公家政権に二重支配され苦しんだ民衆像も、戦争で犠牲になったアジア諸国の民衆も、治安維持法で犠牲になったひとたちも、ベトナム戦争の悲惨さも、不十分にしか叙述されていない。
この教科書を作った「会」の中心メンバーは、西尾寛二(電通大名誉教授、外国文学)、藤岡信勝(東大教授 教育学)、小林よしのり(漫画家)で、執筆者の中に著名な歴史学者はほとんどいない。
それに対し、歴史学の大家といわれる研究者が執筆した教科書は、「歴史を学ぶ目的」をどう規定しているか。
「歴史の学習とはともすれば煩瑣な史実の重圧にふりまわされやすい。しかしもっともたいせつなことは、そうした無限の史実の連鎖の中で、今日の社会、今日の文化がどのように形成されてきたかを、大きな歴史のながれで広い視野からとらえることである。・・・そしてそれを通してわれわれは歴史に対する責任を自覚し、未来へ向かっての歴史の創造に参加できるようになるであろう。日本の歴史を学ぶことは、たんに過去への興味だけでなく、未来へ連なるものでなければならない。」(永原慶二「日本史」、高校の教科書)
「現在の社会に見いだされるあらゆる問題は、・・・過去にさかのぼってその由来をきわめなければ、現在の問題の理解は不可能であるし、ましてその問題解決の困難なのは言うまでもなかろう。・・・日本人は真剣に日本の過去を反省してみなければならない。日本の過去に生まれ出たいろいろの矛盾を自覚して、これを排除する決意を固くし、日本の過去の発展の道筋を把握して、いよいよその推進に努力する覚悟を新たにしべきであり、そのためにはまず日本史の正確な理解が要求される。」(家永三郎「検定不合格、日本史」、高校の教科書)
「『歴史とは過去の諸事件と次第に現れてくる未来の諸目的との間の対話である。』(E.Hカー)歴史を学ぶ者にとり、過去を想像し、未来を想起することが求められるゆえんでもあろう。・・・歴史は未来記である。十代への歴史教育が、人生の価値観を形成する上で、決定的な要因となることは、戦前、戦中、戦後の各時代に青春をよぎった者達の体験的な実証であることは論をまたぬところである。」(遠山茂樹「資料 日本史」、高校生向けの資料集)
そして歴史学会の見解。
「歴史学のように、現実との対決を通じて、つねに現代的視点から、過去をとらえようとする学問においては、とうぜんのことながら、その問題意識、歴史把握の視角にするどい影響を与えずにはいない。」(「日本史研究入門」井上光貞による「はしがき」)
「歴史はいわば際限もなき事実の累積のうえに成立しているといえるが、じっさいには歴史を見る者が、その無限の事実のなかから、一定の基準・価値判断によって、特定の史実をえらびだし、それによって一つの歴史像をつくりあげていると言える。・・・現代の問題が過去と直接深いつながりをもち、歴史的にさかのぼって考察しなければ到底ことがらの本質はつかめないという問題は少なくない。・・・歴史を見るものはつねに現代の視点から過去を見るという形をとるから、『現在』がなんらかのかたちで投影されており、それが明確な歴史把握ほど、歴史の見方として面白く、今日的示唆をえられることはいうまでもない。」(永原慶二「歴史学序説」)
最後に三言。
先ず、「新しい歴史教科書」は、「日本が昭和の軍閥を戦犯として受け入れ、処罰することによって、国際社会に復帰した」という、国際的合意を無視していること。「村山談話」「河野談話」の見直しが、中国、韓国のみならず、アメリカの不信をかっているのはそのためである。
第二。今の政界には、戦前の戦争責任に直接つながる政治家が多い。「新しい歴史教科書」は、そういう政治家に組するイデオロギー丸出しの教科書だ。
三つ目。「新しい歴史教科書」で学んだであろう、「自由主義史観」の彼ら彼女らのツイートの内容は「自由」どころか、この教科書の内容の受け売りだった。
そして、彼ら彼女らの多くが、東京都知事選で田母神としおの支持者だった。「自由主義史観」はファシズムの呼び水となる歴史観である。
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