・なぎはてて限りもしらぬ暗闇と思いゐしときまた風が吹く・
「帰潮」所収。1948年(昭和23年)作。
風が凪いでいて暗闇が眼前に広がると思ったときに、一瞬風が吹いた。風が吹くことによって、暗闇の重さ厚さが際立つ。無音の状態よりも足音などが響くほうが、静寂感が強調されるのと同じである。
佐太郎の作品には風を詠み込んだ作品が多い。作品全体のなかでの数が多いのではなく、秀歌と呼ばれるものに多いのである。
すでに紹介した「追憶を吹く風」のほかに、「古代の風」「風に傾く那智の滝」「風の凪いだ夕暮れに伸びる麦」などである。
茂吉の作品に比べ、佐太郎の作品が一種の清涼感を持つ原因のひとつはこの辺にあるのだろうか。