・鉄のごとく沈黙したる黒き沼黒き川都市の延長のなか・
「地表」所収。1955年(昭和30年)作。
佐太郎の第6歌集「地表」には、機上より地上を俯瞰したものが多くある。それまでは都市の景観を積極的に詠んだ佐太郎だが、この時期に至ってまた新しい分野を開拓したことになる。「機上詠」である。
「帰潮」までの佐太郎の短歌の特徴をまとめるなら、「表現の限定」「声調の重視」「定型の維持」「象徴性」「都市景観への対象の拡大」などにあるが、この第6歌集に至って「機上よりの俯瞰」が加わる。それまでは飛行機そのものが珍しかったので、先例はなかった。
冒頭の一首についていうなら、「都市の延長に< 沈黙した沼や川 >がある」と言う表現に新境地がある。それまでは、「近景の延長に遠景がある」といった視点の作品はあった。しかしどれも「地上にいる作者が地上にあるものを詠む」というものであった。佐太郎は作品批評に「切実」「詠歎」という言葉を多用したが、それに倣えば「沈黙した」「沼や川」という表現は、「人間世界の切実さそのもの」である。それを機上より凝視しているのであり、そこに新機軸があった。その意味で「地表」という歌集のタイトルはまことにふさわしい。
1953年(昭和28年)に毎日新聞歌壇の選者となって著述業としての経済的基盤を築いた佐太郎は、その歌境と表現領域をますます広げていった。