「MMJ」9月号より
「からだの歌 こころの歌」
:一息にビール飲み干す夢を見き術後1年胃のなきわれは:
岩田亨
「胃切除手術はがんや胃潰瘍の治療のためにおこなわれる。・・・・
・・・・この作者の場合、「胃のなき」とまで言っているので、全摘か、かなり広い範囲にわたっての切除だったのだろう。こういう場合、食事もあまり一度に沢山は食べられない。発泡性の飲み物は、腹部にガスがたまって苦しくなるので、なるべくさけるよう指導される。だから、「一息にビール飲み干す」などということは、決してできないのだ。失って初めて分かる飲食の快感、というものが鮮やかに詠われており、切なくなる一首である。(文:松村由利子)」
プライベートなことを、ことさら前面に出す積りはないが、巷では「胃の切除」をした人が意外と多いので、やや立ち入って自註することにした。
僕は2005年に胃癌を患い、胃の全摘手術を受けた。胃だけのみならず、胃の周囲のリンパ線、リンパ節をも摘出した。
胃が無い体になったのである。人体の臓器というのは不思議なものだ。そこにあるということは、何らかの機能を持っていること。役に立たないと思う様な臓器であっても、やはり役割がある。
僕の体には胃が無い。胃を全摘して食道を直接、小腸に繋いでいる。食べ物が直接、小腸から大腸へと流れこむ。その意味では支障はない。だが胃で消化するはずの栄養分が消化出来ない。胃で消化出来ないぶん胆嚢、肝臓など他の臓器に負担がかかる。
胃の全摘の後に患った病気は、急性胆管炎、急性肝機能不全、腸閉塞にもなった。たかが胃と言うなかれ。胃が無いぶん負担のかかる臓器は多い。
これらの病気を回避し予防するには、口の中でよく噛むのが基本だ。食べるものも、胆嚢や肝臓、小腸、大腸の負担が少ないものを選ぶ必要がある。
柔らかく煮た野菜を食べ、脂ものは避ける、等の工夫が要る。僕の知人は、胃の全摘のあと、3年間で、5回の腸閉塞にかかった。だから食べ物が消化出来るだけでは駄目なのだ。このことについては病院の医師、看護師、栄養士に相談するのを、お勧めしたい。
また胃が無い為に、電解質の吸収が悪く電解質が不足がちとなってしまう。電解質が不足すると、足の筋肉の「こむらがえり」(筋肉が「つる」こと)がしばしば起こる。そういう時は、スポーツドリンクを薄めて飲む。スポーツドリンクだけではカロリーが高すぎるからだ。
ところで癌のことだが、5年生存出来れば10年はもつ。10年生存出来れば転移の恐れは、まずない。僕の場合、今年で、胃の全摘から数えて8年になる。あと2年で10年になる。10年経てばまずは安心だ。
胃癌に罹ってから病気のデパートの様になってしまったが、10年になるまで、せいぜい養生しようと思っている。
なお発泡性飲料については、引用させて頂いたエッセイに書かれた通りである。
この作品を含めて、僕の病気に関する歌には次の様なものがある。
・一息にビール飲み干す夢を見き術後一年胃のなきわれは:「剣の滴」
・漢方の霊薬として屠蘇を飲む術後間もなきこの歳晩に:「オリオンの剣」
・体内に電解質異常もつわれはスポーツドリンク希釈して飲む:「オリオンの剣」
・「どのくらいかかりますか」と問う人の多し病院の第五土曜日:「夜の林檎」