・わが影の映らぬほどの曇り日に菜の花の咲く傍らを過ぐ・
河野裕子選。
近所の住宅街の建て売り住宅に挟まれるように畑が散在している。体調のいい時は散歩をするのだが、春になると菜の花が咲く。
それを何の衒いもなく詠んだ。入選作をあらためて読んでみると、感情の抑制がほどよく効き、声調がゆったりしていることにあらためて気づく。
特に下の句。「菜の花」でなく「菜花咲く」、「傍らを」ではなく「畑の辺」という表現もありえたと思うが、「菜花咲く」ではバタバタしているし、「畑の辺」では古風に過ぎる。声調を整えようとことさら工夫した訳ではないが、自然と流露するように詠んだのがよかったのだろう。
佐太郎は「おもむくままにおもむく」と書き残しているが、はからずもそういう作品になった。こんな作品は初めてで定形が身についてきた証かとも思う。
さらに細かく見ると、「曇り日」と「菜の花」の色彩的対象も上手くいったと思う。「わが影の映らぬ」が暗示的である。
ちなみに全投稿歌は二万二千首。この膨大な作品の中からよく、かくも地味な作品が選ばれたと思う。さまざまな傾向の歌の良し悪しを見分ける力も、歌人には要求されるのだろう。
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