・愚母賢母まぎれもあらず愚母にして娘(こ)の決断におろおろとゐる
「夕霧峠」所収。
この歌集は作者が「釈超空賞」を受賞したものだ。それだけに秀歌が多い。「愚母」は「愚かな母」、「賢母」は「賢い母」。作者は己を「愚母」という。
これを自虐と思うなかれ。「娘(こ)の決断」。どういう決断かは「捨象」されている。しかし「娘の自立」と容易に判断できる。「巣立つ娘」をまえに、心の動揺を抑えられない作者の姿がある。ここにも「表現の限定」がある。
さらに珍しいのは「娘」と表記して「こ」と読ませているところ。通常作者は、かような表記を好まない。だが、ここで「子」のみであれば状況が把握できなくなる。「印象が鮮明」ではなくなる。「歌は印象鮮明なるがよし」とは斎藤茂吉の言。
茂吉と佐太郎。この両巨頭の歌論と技法を引き継いで、「巣立つ娘を送る母の心情」をうたいあげた。「NHK歌壇」の番組では「今更ながら母性愛」を自覚した。と作者は述べている。