『短歌』8月号より「残すべき戦争詠」 田村広志選
「残すべき戦争詠30首」だったが僕がその中から8首を紹介したい。
1、一隊の兵を見送りて/かなしかり/何ぞ彼らのうれひ無げな(なげなる)石川啄木『一握の砂』
一隊の兵は憂いがあっただろう。それが感じられない悲しさ。
2、戦に子を死なしめてめざめたる母のいのちを否定してもみよ 山田あき『紺』
子供を戦死させた母の悲しみと怒り。
3、中国に兵なりし日の五ヶ年をしみじみと思ふ戦争は悪だ 宮柊二『純黄』
作者は戦場で敵兵、捕虜を殺害した。それを踏まえての切実な実感。
4、きやつらは婪る(むさぼる)なきか若者の大いなる死を誰かつぐなふ 坪野哲久『桜』
戦争の指導者への怒り。
5、海底に夜ごとしづかに溶けゐつつあらむ。航空母艦も火夫も 塚本邦夫『水葬物語』
前衛短歌の作者。しかし修辞の妙だけでなく反戦の意思があったのがわかる。
6、帰ろうよ水島上等兵よぶ声のこだまに耐えて連れだてる二羽 玉井清弘『屋嶋』
『ビルマの竪琴』を踏まえた一首。
7、徴兵は命かけても阻むべし母・祖母・おみな牢に満つるとも 石井百代「朝日歌壇」
安保法制の反対運動のあった昨年の作品。ここに同時代の歌人の作品が収録されていない。これをどう考えるかだ。東京新聞が「2015年安保」と呼んだ昨年。歌人は傍観者だったのだろうか。
8、かかる世に替へし われらの命かと 老いざる死者の声 恨みいふ 岡野弘彦『バグダッド燃ゆ』
アメリカのイラク戦争を詠んだ歌集。社会詠の議論の的となった。
再び言おう。現在の日本に関わる作品がないのはどうしたことだろうか。
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