佐藤佐太郎の戦前の歌集。1940年(昭和15年)出版の「歩道」と1942年(昭和17年)出版の「軽風」の二冊がある。普通「歩道」の方が第一歌集といわれるが、ここでは佐太郎の歌風の変遷をたどる都合上、製作年代の古い「軽風」を第一歌集と呼ぶことにする。「歩道」出版後、斎藤茂吉からすすめられて「歩道」以前の作品を「軽風」にまとめたことだけを述べておく。
さて「軽風」の巻頭歌は次のようなものである。
・炭つげば木の葉けぶりてゐたりけりうら寒くして今日も暮れつる・
「佐藤佐太郎の短歌、その都市生活者的性格」の記事でも述べたが、佐太郎の短歌は「都市詠の開拓」という性格をもっている。その都市詠の端著が「歩道」である。「炭つげば・・・」の歌は、いわばその露払いである。
年譜や研究書から考えると、岩波書店の裏部屋に住みこんでいた頃のものであろう。都市のサラリーマンが仕事に疲れ、一人暮らしの部屋にもどる。大学出のエリートが多いアララギ内で、こういった心境は新しい感受である。だが、何と悲しくも寂しい感受だろうか。(この時代の佐太郎は夜間学校に通っていたという説もある。「佐藤佐太郎」:今西幹一著)
・つとめ終えて部屋にかへれば隣家は今宵も人のよりてさわげる
・ととめ終へ帰りし部屋に火をいれてほこりの焼くるにほひ寂しも
などの作もある。一人居の部屋の連作もある。
「 < 軽風 >はもっと評価されてもいいのではないか」と今西幹一は言ったが、僕もその意見に賛成である。