・街上のしづかに寒き夜の靄われはまづしき酒徒にてあゆむ・
「帰潮」所収。1949年(昭和24年)作。
「酒徒」は佐太郎の造語だろうか。あるいは「使徒」を意識していたのかも知れない。とすれば多少なりとも聖書へのユーモラスでしかも深刻な感情があったということになる。「神よ!この貧しきわれを助け給え!」
「街上のしづかに寒き夜の靄」という上の句が下の句の表現とマッチしている。酒を飲んでいるが泥酔ではない。
・電車にて酒店加六に行きしかどそれより後は泥のごとしも・
との違いがそこにある。「貧しき酒徒」。この表現が何とも切ない。泥酔するほどの酒を飲むのも経済状態が許さないとまで想像が膨らむ。
おそらく日本全体が貧しかったのだ。高度経済成長が始まるまで、まだ10年近く待たなければならない。高度成長が始まってもなお駅からそう遠くないところに木造の長屋があった記憶がある。その長屋に僕もよく遊びに行った。古いアパートのまえには共同井戸の跡もあった。
佐藤佐太郎は「帰潮」により第2回読売文学賞を受賞した。この受賞が様々な意味で佐太郎自身の転機になり、佐太郎は著述業としての道を歩みはじめる。それは、当時の日本社会や日本人の心情を「帰潮」の作品群が的確にとらえており、人々の共感を呼んだからではないかと僕はおもうのである。
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