「執筆中だった『斎藤茂吉と佐藤佐太郎』が脱稿した。執筆期間は、約三か月。その間は短歌が作れなかった。以前から感じていたのだが、経済学、哲学の本を読んでいる時も短歌が詠めなくなったことがある。
もしかしたら、本を読む時や散文を書く時は脳髄の使うところが異なっているのかも知れない。
短歌が詠めない時は「これ以上短歌は詠めない」と思った。ところが、散文を書き終わってからは、短歌が「湯水のように、口をついてでてくる」様になった。
散文を書く心、本を読む心、短歌を作る心。この三つは大脳の異なる部位を使っているのかも知らない。
「斎藤茂吉と佐藤佐太郎」-20世紀の抒情詩人‐ を書き終わった今、短歌の大量生産のモードに入ったようだ。
今夜はこの短文でおしまい。