・さわがしき中に酒を飲む悦楽のたとへば貝にこもる潮音・
「地表」所収。1951年(昭和26年)作。
ようやく文筆活動もはじまったころ。しかし、「読売文学賞」「毎日歌壇選者」となって経済的にひと息つくのは翌年(1952年・昭和27年)のことである。そのせいか一首からは「帰潮」と同質の感情が窺える。
旅行詠など歌調に余裕のようなものが見え始めるのは1952年(昭和27年)からである。1966年(昭和41年)の暮れに入院。病院で越年をして老いを急速に感じ始めているから、恵まれた環境での作品発表は、わずか10年余だったようだ。もっともその前後の「苦悩」が佐太郎の文学を形成したとも言えるのだが。
一首から伝わって来るのは、孤独に杯をかたむける作者像。「さわがしき中」というから周りには多くの人がいる。居酒屋かも知れぬし、結社の会員の集まりかも知れぬ。だがそれはどちらでもよい。酒をのむのは「悦楽」ではあるが、気持ちは「貝にこもる潮音」。ここが一首の中心であろう。
周りに人があつまろうが、そうでなかろうが創作者は孤独である。みずからの責任で作品を創作し、その結果はみずからがとらねばならない。
歌集を出したときに、
「歌集は出したとたんに独り歩きをはじめるよ。」
と声をかけてくれた先輩がいた。その言葉の意味はそんなところにもあったのだろう。
