イタリア: 内実は傷だらけの“外見重視”の国
イタリア人にとって、外見は重要だ。それは出世にも影響する。ファッションの国だから男も女もおしゃれに気を使っているという認識は以前からあったのだが、仕事にも重要な影響を与えると思い知らされたのは、あるイタリア人の同僚が退職したのがきっかけだ。
その同僚とは、ある案件を手伝ってもらっていたこともあり、彼が辞める際には「退職する」と連絡を受けた。有能な人間で、周囲からは当然昇進していくと思われていた人物だったが、昇進したのは、専門知識では彼より劣る人物だった。我々の業界では、こういう場合、たいてい退社という結末を迎える。
しばらくしてミラノ出張があり、その男の元上司と別件で会った時に、辞めた男の話になった。元上司は辞めた部下についてこう評した。
「彼は専門知識については抜きんでていた。だが、外見に対する注意が欠けていた。たかが外見だが、イタリアでは伝統的にそういう部分も含めて、人間が判断されるのだ」
*国としての見た目と内実のギャップ
内面優れていても、外見がみすぼらしければ評価されないというこの国の慣習は、イタリアをファッションの国に育てた原動力と言えるだろう。しかし、この慣習はある種の危険も伴う。外見が良ければ、中身のみすぼらしさを許してしまうことだ。
イタリアの国としての見た目は、美味な食事、高級ファッションブランドや超高級車、そして豊かな歴史、風光明媚な観光資源と、華やかなものがある。しかし、内実は、そうしたイメージとは異なり、案外傷だらけのところもある。例えば、政権は全く安定していない。
イタリアは4月半ばに総選挙が行われる。それは現在のプロディー政権が本年1月に上院で内閣信任投票否決を受け、事実上、機能不全状態に陥ったからだ。総選挙では、歌手出身のメディア王ベルルスコーニ元首相と、ベルトローニ前ローマ市長の2人が一騎打ちを繰り広げることになる。
ただし、どちらが勝つにせよ、イタリアを覆う政治不信を払拭するのは容易ではなかろう。プロディー政権は規制緩和、政界再編、税制改革、年金改革、教育改革など、我々日本人にとっても馴染みのあるフレーズを使って、改革への意気込みを訴えてきたが、国民の支持を得られなかった。
この国は、ある意味で、日本に似ている。利権を放さない老獪な政治家が幅を利かせており、官僚は規制で企業をガチガチに縛り、既得権益を守っている。実際、先進国の中で規制が最も多い国としても有名で、いわゆる「聖域」が非常に多い。また、北部の工業地域と南部の農業地域の地域格差が顕著な点も、南部がマフィアに牛耳られている点を除けば、日本の都市部と地方の格差に似ていると言えるかもしれない。
恐らく(そして願わくは)日本と違うのは、真偽は別として、イタリアの場合、黒社会とつながる政治家が著しく多い点であろう。この点は、程度の差こそあれ、これまで紹介してきた一部の東欧の弱小国の状況を彷彿させる。念のために強調しておくが、この国は、G8メンバーであり、GDP(国内総生産)では、欧州でドイツ、英国、フランスに次いで4番目、世界では7番目の国である。
*ユーロ導入に向けた大胆な「化粧直し」
イタリアは、1999年のユーロ導入に向け、90年代半ば過ぎから、なりふり構わず奇策を打ち出し、即座に実行に移していった。90年代前半、イタリアの財政赤字はGDP比で10%を超えており、その後低減したとはいえ、96年時点でも7%の財政赤字を抱えていた。
この点、問題として立ちはだかったのは、ユーロ圏に加盟する際、いくつかの厳格な基準を満たさねばならなかった点だ。この中でも、「財政赤字のGDP比を3%以下にする」と「政府債務残高のGDP比を60%以下にする」という2つが、イタリアにとって大きなハードルとして立ちはだかった。
この状況を打破すべく、イタリアは税率の引き上げや国営企業の民営化などを積極的に推し進めていった。ただし、基準をクリアーするのは容易ではなく、揚げ句の果てに、「ユーロ税」(1年限りの特別所得税)を用いたり、税務警察による税務調査体制の強化などを推し進め、結果的に1999年には財政赤字はGDP比の1.8%まで下げて、見事にユーロ導入を果たした。
だが、その後、2001年頃から再び3%を超え、2006年には4.5%となった。しかも、政府債務残高のGDP比は、グロスで考えるかネットで考えるかでも異なるが、常に100%近辺を推移しており、債務だけ(グロス)を見ると日本のほうが高いが、資産と相殺したネット(純政府債務残高)で考えると、イタリアの方が高い。
*「脱税の国」の地下経済
欧州諸国の人々の持つ、イタリアに対するイメージの1つとして、「脱税の国」というものがある。実際、この国の地下経済の規模は、GDPの3割にも達するという指摘さえあり、ギリシャ並である。この国には、マフィアが牛耳る、模倣品を作る搾取工場が多数あり、そこでは不法移民が最低賃金以下で長時間労働を強いられているという。
実際、トランスペアレンシー・インターナショナルが毎年発表している世界透明度調査の2007年度版では、上位にフィンランド(本稿第17回)、アイスランド(本稿第15回)など、多数の欧州諸国がランクインしているが、イタリアは41位と寂しい結果に終わっている。この指標では、上位になればなるほど、腐敗度・汚職度が少ない。
因みに、旧ソ連を含めた広義の欧州で最下位は175位のウズベキスタンで、狭義の欧州では105位のアルバニア(本稿第19回)である。「古い欧州」でイタリアより下位にあるのは、56位のギリシャ(本稿第2回)だけだ。
この点に目をつけた政府は、裏社会に眠るカネを表に出して、財政健全化を図るべく、様々な奇策をこれまで出してきた。例えば、「税務恩赦」(コンドーノ)という制度がある。簡単に言うと、過去の申告期間について不備があった場合、納税者が自ら問題点を列挙し、罰金等を支払うことにより、当該期間については、将来の税務調査対象期間から外してもらえる。
「すいません」と謝って罰金を払えば、チャラにしてもらえるのである。実際、イタリア税務当局の発表によると、この結果、800億ユーロ(約12兆5000億円)にも上る金が、オフショア口座に眠っていることが判明したという。
また本稿第22回で触れたリヒテンシュタイン公国にも、イタリアから大量のカネが流れていたようである。実際、現在進行形で、イタリアの税務当局は、英国の税務当局が入手したリストをもとに、リヒテンシュタインの財団を用いて脱税を行ったイタリア人納税者を検挙しようと躍起になっているという。
*資源戦略の失敗
さて、イタリアは資源小国の観点からも日本と似ている。エネルギーについては、外国に大きく依存している。また、原子力発電嫌いの点においても日本と似ており、電力の8割以上を火力発電に依存している。実は、20世紀の半ば頃から、原子力発電の研究を始めたものの、懐疑論等からプロジェクトは頓挫し、同じく資源小国のフランスとは、明暗を分けることになった。
フランスの場合、現在、電力の8割を原子力発電で賄っている。しかも、余剰電力をイタリアやドイツなどの近隣国に売っている。環境問題先進国のフランスは、二酸化炭素を出さない、原子力発電の研究に早くから着手し、現在、世界最大級の原子力関連企業アレバをはじめ、巨大な国策エネルギー関連企業をいくつも抱えている。
イタリアの場合、前回の選挙では、首相在任中の公私混同が批判されて失脚したベルルスコーニ元首相が、今回の選挙で、エネルギー戦略の重要性を力説し、原子力発電の研究を再開することを公約の1つとして掲げている。
*国を支える中小企業と外資嫌い
イタリアには、フィアット、オリベッティ、ピレリなど世界的なメーカーもあるが、この国は、基本的に、中小企業の国である。加工や製造を行う小さな工場が多数あるが、コスト面では、アジア諸国に敵わないため、中小企業を取り巻く環境は年々厳しくなっている。
輸出先は、これまで主として欧米諸国だったが、近年ではBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)など新興国への輸出に焦点を当てている。だが、近年のユーロ高で、イタリアの輸出産業はかなりの打撃を受けている。
一方、中小企業は規制によって守られている。外資の参入障壁は非常に高く、例えば、日本ではお馴染みの米国のファストフードチェーンも、この国では長年にわたって、苦戦を強いられてきた。最近ではようやくマクドナルドが増えてきているが、ケンタッキーフライドチキンは見かけない。
EUへの外国直接投資は、2007年に6100億ユーロ(約96兆円)で前年比15%成長を記録したが、イタリアでは3割近く下落し、2007年度は280億ユーロ(約4兆4000億円)だった。一方、フランスは、前年比5割増しの1230億ユーロ(約19兆2000億円)を記録している。
直近では、フランスの航空会社、エールフランスが巨額な負債に喘ぐアリタリア航空を買収するという交渉が決裂した。中道右派のベルルスコーニ元首相などが観光産業への悪影響などを理由に、声高に反対していたが、その根底にあるのは、「外資嫌い」なのかもしれない。
イタリアは、2006年に、かつては「遅れた国」として見下してきたスペインに、1人当たりのGDPで抜き去られている。ここ10年間、GDP成長率は、ほぼゼロに近く、今年のGDP予想成長率1%は、去年の1.7%を下回っている。
国民の給与水準も、欧州諸国と比較して低いが、税率は高い。「外見」についても、ナポリのゴミ不法投棄問題など、国際的なイタリア・ブランドへの陰りも出てきた。次の政権が、不退転の決意で、「聖域なき改革」を進められるかどうかは見えないが、長期的成功のためには、決して避けて通れない道と言えるのではなかろうか。
保守記事.169-30 世界は広い。