*ウサギのお部屋*

日記・レビューなどなど。
最新日記は数日後に非公開にします。

映画「密偵」(2016)PG12

2022年08月26日 | 映画
 
これもK映画。イ・ビョンホン氏で出てきたやつ。でもほとんど出てなかった。特別出演的な? でも何か観てみた。結構おもしろかった。
別の世界に連れてってもらえるってのは映画体験のいいところだね。
こないだのやつ(82年生まれ)にもこれにもコン・ユ氏が出ていたな。割と好き。
日本人将校役で鶴見慎吾さんも出ていた。
義烈団という組織と日本の警察のスパイ合戦のようなお話。日本統治時代の1920年代のお話だって。知らない話だった。何も知らないまま観た。
お互いの組織の中にスパイがいて、向こうの人間をこっちの二重スパイにしようとか、誰が味方で敵なのか? が分からない感じがミステリアスでおもしろかった。

素朴な感想としては、日本人が、そんな拷問とかするのか? という点。
むしろ朝鮮人がやるのではないですか? そんなに日本人を悪者にしたいですか? という部分は賛同できかねる。
あと、血は苦手なんだってば。その部分がPG12だったね。私にも助言指導が必要です。。

ハン・ジミン氏は昔から知ってたのに全然分からなかった。顔変わった? メイクのせいか? 高畑充希にしか見えなかった(笑)
イ・ビョンホン氏は、ちらっとしか出てないのに、存在感がすごいな。


映画「犬鳴村」(2020)

2022年08月26日 | 映画
 
ホラー映画、というか、おっかない話が好きなので(「呪いのビデオ」とかねw)、何か放送してたから観てみたの巻。
三吉彩花と成海璃子って見分けつかなくない? 私だけかな・・・(笑)
こっちは三吉さんでした。

なるほど、都市伝説と心霊スポットを織り交ぜたオリジナルストーリー。
なるほど、「呪怨」の清水崇監督。

動画サイトみたいなデジカメ動画の映像から始まるのが今っぽくていいね。
おばけが見える見え方も、ピントが合ってないときに何かいるーってなって、ピントが合った時にはいない、っていうのもいいね。
なかなかおもしろかったですよー。
何でそんなおっかないとこに一人で行くんだよーとか突っ込みながら楽しく観ましたね。

余談なのか? めちゃ関連してるよな!
村に入るとこに、「この先、日本国憲法が通用しない」みたいな看板があり、そういう場所だったって描かれているんだが、つまり、人権を無視するという意味だった
これは恐ろしいよ。

あ、余談あった(笑)
昔、髪を切ったら、会社のおじさんに高島礼子みたいでいいねって言われたことがあるwww(母親役に高島礼子)


モンゴメリ「アンの夢の家」(1917)

2022年08月26日 | 

 

原題同じ(Anne's House of Dreams)
松本侑子さんの全文訳&詳し過ぎる注釈を味わうシリーズ。
5番目のアン。
これ、アンシリーズの中で、続編の中で一番好き。一番いい作品だと思っている。
そして、夢というタイトルや新婚時代の話にかかわらず、暗いイメージの作品。その暗さが、深みを出しているところが好き。
夜の海の感じとか、近所の人が少なくて寂しいとか、この作品の中でのアンの経験とか、隣人たちの話とか、そういうのが全部入っての、暗い感じなのかな。
グリーンゲイブルズで結婚式をあげたアンとギルバートの2人は、少し離れた海辺の町に引っ越す。海のそばの新居「夢の家」で新婚生活をスタートさせる。その2年間のお話。

内容に全然関係ない感想は、小さな家でも部屋がいっぱいあって、お客さんやスタッフの泊まる部屋まであって、いいな(笑)自分の部屋がないなんていう狭い我が家のような悩みなどないのでしょうww

今回のハイライトは、ジム船長の物語と、レスリーの物語だね。
ジム船長は、70代の老人で、人生の終わりにアンたちに出会ったみたいな感じ。60年前に夢の家を建てた夫婦のことも知っていて教えてくれる。
今はリタイヤして灯台守だが、現役の頃の船での冒険を生き生きと語り、ノートにまとめてある。それを本にしてくれる人を探している。ジム船長のライフブック。
ライフブック=生活手帳(村岡訳)、人生録(松本訳)。
これのもとになった短編を読んだことがある。ここに結実したんだなって、勝手に感慨深い。

レスリーは、アンと同年代の既婚女性。彼女の悲劇が物凄くて辛い。後半とのコントラストなのだろうけど、辛い。
でも、アンも辛い経験をして、それで心も近づける。この辺は、もう少女ではない、大人の女性の友情という感じで、よい。
大人のロマンスという部分に関して言えば、2作目のミス・ラヴェンダーの話は、おとぎ話のように書かれてたのに対して、こちらは現実的な、結婚している女性に恋をしてしまった、結婚しているのに恋をしてしまった苦しみが書かれている。キリスト教的には不倫はタブーだものね。
これもアンが大人になった、成熟した女性になったことを暗示しているのかもね?
ミス・ラヴェンダーのときはアンは17歳くらいだった。あれは、少女から見ての視点だったんだな。と、こっちと比較してやっと分かった。

この次の作品からは、子供たちが主人公になってきて、アンは物分かりのいい理想的な母親として出てくるだけになって、アンが主人公の最後の話としても読めるかな。

最初の子供が生まれるときの表現が、婉曲なんだな。
最初に読んだとき(昔、村岡訳にて)全然気づかなくていきなり生まれたからびっくりした覚えが。
春に来る希望、みたいな感じなのよね。
でも、きっと、そこにいた人たちは、おなかが大きくなってくるアンと接していたのだろう。それでも婉曲表現しかしないのかな?
著者自身もこれを書く前に死産をするという経験をしている。同じ経験をアンにさせる、日記に書いたそのままの言葉をアンに語らせている。
こういうことまで盛り込むことで、作品に深みが出ているのだろうな。著者自身もそれで昇華できたところがあるのかしら。私には分かりようがない。

2番目の子供が生まれるときも、こうのとりが夢の家を見つけて、ここだここだって赤ちゃんを連れてくるっていう表現だった。
長男は、ジム船長とマシューの名前をもらって、素敵だな。ジェイムズはヤコブ、マシューはマタイの英語名でキリスト教徒としてふさわしい名前だって。なるほど。

今回も、スコットランド、ケルト、キリスト教の融合した作品になっているとのこと。
構成はシェイクスピアから来ているなどもあり。
日本語で読んでいると全く分からないけど、スコットランド語が入ってきたり、なまった発音だったりと、かなり難解な文章がやはりあるみたい。
そして、今回こそは大人の文学にふさわしい内容でもあるね。

私が昔、カトリックの学校に行ってるときに、宗教関係の本をめちゃくちゃ読んで考えていたこと。
キリスト教の永遠の魂(魂の不滅)と、仏教の輪廻転生は、矛盾しないなって。つまり、魂が永遠だから、死んでもまた次に生まれるのだ、っていうね。聖人と言われる人は、もう人間やるの最後で、今の言葉で言うと、あとは高次元に還るだけの存在であり、皆に気づかせる役割なのかなとか。矛盾しないでしょ。
だから、ここで書かれている生と死の話も、死んだらそこで終わりじゃなくて・・・っていう感じが、すごく分かるというか、腑に落ちるというか。

ミス・コーネリアのことは、ハイライトに入れなかったけれど、重要な人物。
このような感じの人物が「魂の同類」みたいに書かれることはそれまではなかったよね。アンも大人の付き合いができるようになったということもあるのかしら?

これは余談か?
レスリーに恋する、そして、ジム船長の本を書く男性のオーエンって名前は、ウェールズ語で若人、若い武人って意味だって。オーエンと言えば「ジュラシックワールド」(笑)ですよねー。ぴったりな名前だったんだなって。