※ 昨日、入れ忘れていたブログを思い出しました。
『意味をも委ねる生き方』ということについて、私の理解が届くことはないだろうと思うけれど、それを目指さなければ、私が子どもたちと目指したいところには行けないと思っています。
どこまで行けるかは分からないけど、たとえ途中まででも、
「そういう夢をもつこと、その実現に努力すること、それ自体が大事なのではないだろうか」。
そのことを、何度も何度も考え続けるために、昔の記事をまた一つここにおきます。
◇ ◇ ◇
『逝かない身体』より(その2)
この本の前半を、私はあちこち違和感を感じながら読んでいました。
ワニなつ業界でいえば、「障害児を受け持ったことがありません」という先生みたいに感じる部分が感じられて、ちょっと戸惑いました。
でも母親が「重度の障害者」になるまでは、「障害者」のことは別世界のこととして暮らしていたのだから、それはそれで当然なのかもしれません。
でも、この人のこの本には、絶対に私が知りたいことが書いてあるはずだと思っていました。
で、やっとそのページにたどりつきました(^^)v
そのページをお届します(o|o)
(『逝かない身体』 川口有美子 医学書院)
□ □ □
(P206)
《橋本みさおとの出会い》
…私は単刀直入に聞いた。
「ママは死にたいのではないでしょうか」
すると、橋本さんはきつい顔になった。
「死にたい人間なんていないよ」
「でも、母はTLSで何も伝えられないんです」
橋本さんと比較してはいけないが、同じ病気なのに、こんなにも進行速度が違うなんて母が不憫だ。母のALSはあまりにも過酷だ。
違う病気だと言われたほうがましだ。
そう思うと、目頭から涙があふれてきた。
「泣き虫だね」
みさおさんは呆れたような顔をしていた。
橋本さんの口元を読み取っていた学生もにやにやしている。
「根性が足りないからTLSになる」
「え?」
私はその言葉に耳を疑った。
この人は自分より重篤なALS患者に会ったことがないのだろうか。
そんなはずはない。全国行脚して患者家族を励ましているからには、母と同じような人にも出会っているはずだ。
「すごく進行が早いタイプで、告知から2年半でTLSになりました。橋本さんとは全然違います」
私は母のために弁明したが……そのときの私には、橋本さんのメッセージの意味はよくわからない、ということだけがわかった…。
※TLS(トータリィ・ロックトイン・ステイト)
(眼球も動かなくなり、完全な閉じ込め状態のこと)
◇
P208
《つくられる意味》
その後、メールのやり取りなどもあり、橋本さんは母の次にもっとも親しいALS患者になった。
…私には口文字の読み取りはできなかったが、意訳し説明することは任された。普段の会話ではいちいち意訳することもないが、公式の場ではもう一段階の通訳が必要なのである。
すると、回を重ねるにつれて、だんだんと橋本さんの表現方法がわかってきて、「あっ」と気がつく瞬間がやってきた。
橋本さんの意訳をしているとき、その場で彼女が何を言いたいのかを即座に予測し、こちらで言葉を足して説明することがよくある。
私はそのたびに「こういう意味?」と確認するようにしているが、橋本さんは「そうだ」とばかりに目で頷く。
これでは橋本さんの講演会のはずなのに意訳する者の主観や言葉遣いが出てしまい、橋本さんの印象にも影響を及ぼしかねないが、時間的に制約のある場では橋本さんはできるだけ言葉を短縮して、対話のスピードを大事にしようとする。
意訳者は大勢の人に向かって、「こういう意味を橋本さんは言っている」と説明することになるのだが、それがどの程度まで正確に彼女の真意を捉えているかはわからない。
たまに意訳しすぎて彼女の意図していないことまで言ってしまうこともあるかもしれない。
そんなときも橋本さんは、にやっと笑うだけ。
普通の人なら、自分の考えと違った内容が少しでも混じって伝えられたりすれば怒ったり焦ったりするだろうが、そうしても空しくなるばかりなので、とうに諦めているのだろう。
…「私はいちばん重いよ」
「私に大きな声が出せたなら…」
二重の通訳を介さないと討論に参加できないのでは、壇上にいても言いたいことが言えない。
自分の声で自由に表現できない悔しさを、シンポジストの橋本さんは抑えていたのだ。
そんなとき意訳者は、橋本さんの顔を見ながら、何か言いたいんだろうというタイミングで議論に横槍を入れることもある。
お手つきになるかもしれないが、そんなことは構わない。他者の議論に割り込み、橋本さんの出番をつくるのも私たちの役目である。
◇
P210
《意味の生成さえ委ねる生き方》
橋本さんの話の中身は、ときにかなりいい加減になるが、サービス精神は旺盛である。
一方的に訴えるということはしない。むしろ相手の期待を裏切らず、幸せな気分にして味方にしてしまう。
そのためには意訳者も読み取りをする介護者も、橋本さんに戦略的に選ばれて使われている。
意訳者はTPOに合わせて選ばれる洋服のようなものである。
自分が伝えたいことの内容も意味も、他者の受け取り方に委ねてしまう・・・。
このようなコミュニケーションの延長線上に、まったく意思伝達ができなくなるといわれる
TLSの世界が広がっている。
コミュニケーションができるときと、できなくなったときとの状況が地続きに見えているからこそ、橋本さんは「TLSなんか怖くない」と言えるのだ。
軽度の患者が重度の患者を哀れんだり怖がったりするのは、同病者間の「差別だ」ともいう。
そんな橋本さんのコミュニケーション方法を体験してみて、私はやっと母にどうすればよかったのかがわかってきたような気がしてきた。
母の思いを受け止めていること、信頼されていることに、もっと自信をもってもよかったのだ。
迷うことなどなかったのだ。
今さらなのだが、橋本さんに言われた「根性が足りないからTLSになる」は、泣き虫で諦めが早かった私に対して放たれた言葉だったような気がする。
介護者が諦めない限り、患者は「完全な閉じ込め状態」などにはならないと橋本さんは言いたかったのだろう。
ASLの人の話は短く、ときに投げやりなようでもあるけれども、実は意味の生成まで相手に委ねることで最上級の理解を要求しているのだ。
人々の善意に身を委ねれば、良く生きるために必要なものは必ず与えられる。
彼らはそう信じている。
そうあってほしいと願っている。
『逝かない身体』 川口有美子 医学書院
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