「守りたい思い」と「守られるもの」(その9)
さて、浜田さんが、「みつこさんの右手」の話を進める中で、まいちゃんを紹介したのは、みつこさんが抱えることになった「苦労の中身」を明らかにするためでした。
「これは麻衣子の立派な手なんだ。人と形が違ってもちっとも恥ずかしくないし不幸でもないんだよ。…この右手もまるごと麻衣子なんだ」とお母さんに言ってもらえて、小学生のころには「宝物の手」と作文に書いていたまいちゃん。
素直に読めば、親が子どもの障害を隠さず、堂々と子どもを育てれば、みつこさんが抱えたような「苦労の仕方」をしなくてもいいのだと受け取れます。
でも、その「まいちゃん」が29歳の「お母さん」になって書いた本には、「ありのままの右手」の苦労も書かれています。
◇
【…幼稚園からの八年間、
私は右手の存在なくして自分を考えたり、好きになったり、
きらいになったりすることはなかったように思う。
直球で気持ちをぶつけてくる友達に見たままの右手を
わかってもらおうとしたり、
時には右手をかばうことで精いっぱいだった。
…もしかしたら私自身がいちばん
右手を好きになろうと必死だったのかもしれない。
《私=右手》の障害という図式のなかで、
他人とのケンカと和解の繰り返しだった。
時にくじけたりがんばったりしながら、
私がいちばん自分の障害を受け入れようとしていたのだと思う。】
◇
ここには、みつこさんと変わらない
「必死の思いを抱えた小さな女の子」がいます。
また、中学二年のとき、卒業生を送る会で、
演劇の舞台に立つことになったときのこと。
◇
【…本番まであとわずかというときに私は突然、
右手の影に襲われた。
このままの姿じゃ舞台に立てない。
全校生徒の前で右手をさらしたくない。
恥ずかしさが先に立って、演技ができない。
…急に偽物でもいいから五本の指をくれ、と何かに願った。
舞台が終わるまでの短い間でいいから、明日の朝目が覚めたら、
私の右手が五本の指になっていますようにと、
見えない何かに願った。
…ある日、私は母に「今から義手を作って」と頼んだ。
…しばらくたってから母は、
「麻衣子が欲しいのならいいわ。急いでいるんだったら
どれくらいで義手ができあがるのか聞いてみてあげるから」
と言った。
とても静かな返事だった。
私の気持ちは複雑だった。
どこかで親を裏切ってしまったような、
でも本当に義手がほしいような。
そして母の返事が意外だった。
心の奥では、恥ずかしい手じゃないのよ、
と叱ってほしかった気持ちも本当だった。
…母が本当に義手のことを問い合わせたかどうかはわからない。
なぜなら、私がその後、義手のことを口にしなくなったからだ。
…その一言を母に告げたことで私の気持ちは吹っ切れた。
そして、嘘でも母が私の気持ちに沿ったところを見せたことが、
妙に私を落ち着かせた。
舞台本番。
「堂々として良かった」と学校の友達が声をかけてくれた。】
◇
そして高3の選択授業で民俗舞踊を選んだときのこと。
◇
【…恰好よく踊るには、どうしても指が足りなかった。
…扇をしっかりと支えていられない。
今まではがんばればできていたじゃないか。
だからがんばろう、この壁もクリアしよう。
…おそらく私はそんなことをいつも書いていたのだろう。
学期末の先生からの返事に、
「野辺はいつもがんばろう、がんばろう、としている。
がんばるって意味知っていますか。
我を張る、という意味もある。
我を張るのはいつもいいこととはかぎらない。
我を張っていたら、見えるものも見えなくなってしまうこともあるよ。
離れて行っちゃうものもある。
芸能はいろんな人が何百年も踊り継いできたものだ。
クセや流行などによって少しずつ変化しながら
今の鬼剣舞がある。
野辺も野辺の踊りを受け入れて大切にしていくことが
大事なんじゃないかな」と書いてあった。
先生に「がんばらないことも大切」と言われたのは初めてだった。
いつも先生はがんばれ、がんばれ、と私に言っていたから。
どの先生もがんばりを誉めてくれていたのに。
返事をもらってしばらくはあまりよく意味がわからなかった。
見捨てられた気さえしていた。
しかし、てっちゃん(先生)の言葉で気がらくになった。
できないことやありのあままの自分を受け入れるのは、
とても勇気のいることだ。
そんなふうに自分をみつめたことはなかった。
が、身体は正直だ。
あきらめるのではなく、今の自分を受け入れて初めて
次の自分が見えてきた。
身体が楽に動くようになった。】
※ 『お母さんの手、だいすき!』 長塚麻衣子 中央法規
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