「守りたい思い」と「守られるもの」(その12)
思いがけず、長い連載になりました。
この辺でいったん終わりにします。
みつこさんは、お母さんの編んでくれた手袋をして小学校に入学したあと、「なぜ手袋をしているの」「手袋をとってみせて」と迫られながら、手袋をし続けて学校に通いました。
まいちゃんは、休み時間にわざわざのぞきにくる上級生もいるなか、「いつもがっこうで、おともだちにてがないってことをゆわれたら、しょうがいないでしょうってゆうの」と、ありのままの手で学校に通いました。
それから二十数年後、二人は自分の子どもに出会います。
それまで、自分の苦労や悩みとまっすぐに向かい合ってきたことが、
ちゃんと報われる出会いが待っています。
◇
【みつこさんが卒業してもう十数年。授産施設の職場で知り合った人と結婚して、いまは二児の母。手袋をつけつづけてきたのと同じだけの年月を、ようやくありのままのその右手で生きなおしてきたことになります。
…久しぶりに出会ったみつこさんは、来年小学校に入るという5才の女の子を連れていました。…向かい側に並んで食事をとる二人をながめていると、巡りめぐって次の世代が、こうして育っていくことの不思議をあらためて感じます。
女の子は母の手に、右手といわず左手といわず、ごく自然にまつわりついている。
…食事を終えて、紅茶を飲みながら、みつこさんはさりげなく右手を差し出して、こう言ってくれました。
「いまでも、もちろん、知らない人と出会ったりするときには緊張します。でも、右手を「異物」のように感じたあの感覚は、もうありません。」 】
『ありのままを生きる』浜田寿美男 岩波書店
(※)この本は、『障害と子どもたちの生きるかたち』とタイトルを変えて、岩波現代文庫から出ています。
◇
【…1996年9月…心は生まれた。女の子。
…私の右手を見て、「お母さんのこっちのおてて心のと違うね」と初めて言ったのが2歳を過ぎたころだった。『さっちゃんのまほうのて』をちょうど好きでくりかえし読んでいたので、絵本のさっちゃんの絵を見せながら、「お母さんのおててはさっちゃんみたいにお腹のなかでケガしちゃったんだ。でも、心と握手できんだぞ!」などと言いながら心に触ってもらう。
ある時期、心が右手と手をつないでくれないことがあった。…ずっとこのまま嫌われたらどうしようと、心配症の私に夫は、「きっと単に形の違いや感触の違いで違和感があっただけだよ。大きな手で包んでもらうと安心感あるし」と言う。たしかに一カ月ほどしたら自然とまたつないでくれるようになった。】
『お母さんの手、だいすき!』長塚麻衣子 中央法規
◇
こうして、みつこさんと娘、まいこさんと娘の関係を知るとき、
私は素朴に、「その子のようになりたい」と思うのです。
「この子を守りたい」という願いは、「そうすればかなえられるのか」と思うのです。
「この子がさびしくないように」という願いは、このような出会いによってかなえられるのだと。別の言い方をすれば、「障害」にとらわれることなく、ただ目の前の「あなた」に出会うこと。
みつこさんが小さいころに、母親が抱いた「この子を守りたい」思いとは、めぐりめぐって、「この子の孫のように、この子に出会いたい」ということだと思うのです。
「孫」のようになりたい。それが「どういうことか」、頭で分かったとしても、いくらそう願っても、私たちは、なかなかそうはなれません。生まれ来る赤ちゃんとは違い、すでにたくさんの常識や知識や価値観を取り込んでしまっています。自立や能力、発達、そうした言葉の一つ一つをとっても、私たちのその言葉の中身は、とても狭く貧しいものです。そうした常識にとらわれているために、「障害」を、劣ったもの、哀れみや恥ずかしいものとみる心に縛られています。そのために、まっすぐに目の前にいる「あなた」に出会いそこねてしまうのです。「孫」が「この子」に出会ったようには、「この子」に出会うことができないのです。
「孫」にはかなわない。
でも、少しでも、私もそうなりたい。
なぜなら、そのことが、一番、「この子を守る」ことになるからです。
そのことが、一番、「この子がさびしくないように」をかなえることになるからです。
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