3.≪まっすぐな口≫
「ただいまぁ」
良太がランドセルをおいて冷蔵庫を開ける。
「ポカリ、ないの?」
「おかえり。まだ、残ってるでしょ」
お母さんがテレビを見ながら答える。
「うん、あったぁ」
「今日、学校で何かあった?」
お母さんが聞く。
「別に…」
「そう……」
ランドセルを拾いながら、良太が聞く。
「なんで、そんなこと聞くの? いつも学校のことなんか聞かないくせに」
テレビのリモコンを置いて、お母さんが言う。
「先生から電話があったの」
「なんて?」
「先生が、翔ちゃんのこと説明したのに、あなたと康司くんは分かってくれなかったって」
「…」
良太がランドセルを開けて、連絡長を取り出す。
「おんなじこと、書いてある」
「なんだか二人だけ意地を張ってるようだから、もっと素直になるように、お母さんからも伝えてくださいって言われちゃったわ。翔ちゃんのことは、先生も困っているんですって。でも、給食はちゃんと食べてるから、心配しなくて大丈夫ですって。ちゃんとお母さんからあなたに説明してください…って」
「…お母さんは、なんて言ったの?」
「学校のことは、私もよくわかりませんって。だから、帰ったら良太に聞いてみますって」
連絡長をテーブルに置いて、良太はちょっと首をかしげた。
「今日は怒ってないの? 先生から電話があると、いつも怒るのに」
「怒られるようなこと、したと思ってるの?」
「……」
いつもはそんなふうに聞かないくせに。という言葉は飲み込んだ。
「良太は、どうして手をあげたの?」
「・・・」
「先生が言ってることは分かったんでしょ?」
「・・・」
「何が分からなかったの?」
「ぜんぶ」
「ぜんぶ?」
「だって、翔は教室にいたいんだよ。職員室なんか行きたくないんだ」
「どうして分かるの?」
「だって、翔がそう言うから」
「…でも、翔ちゃんはしゃべれないんじゃないの?」
「毎日いっしょにいたら分かるよ」
「・・・」
「翔は給食の時間になると、いつも笑ってたんだ。だけど、今はちょっとだけ笑うだけで、だんだん口がまっすぐになって、泣きそうになるんだ。」
「そう…」
「それに先生が車椅子を押そうとすると、足を伸ばしたまま・・行きたくないって。あれは行きたくないって言ってるんだ」
「そう・・・」
「先生の言うことなんか、わかんないに決まってるじゃん。ぼくだったら、ぜったいに嫌だ。一人で給食を食べるなんて…。教頭先生となんて。そんなの分かるわけないじゃん」
「そう…ね。わかったわ」
お母さんはそれ以上何も言わなかった。
良太は思った。
「きっとぼくの顔が、教室から連れて行かれるときの翔みたいな顔になっていたんだ。」
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