≪帰りの会≫
授業が終わる。
冷たいおむつとズボンのまま、翔ちゃんの授業が終わる。
帰りの会が始まる。
みんながランドセルをかたづけていると、教室の後ろでゆみの声がひびく。
「おばちゃん…」
ざわついていた教室から、声が消える。
「おばちゃん…」
ゆみが繰り返す。
横から、良太がいう。
「おばちゃん、翔ちゃん、ズボンもぬれてるから早く取り替えてあげて」
「そう、ありがと。良くん。すぐに替えなくちゃね」
翔ちゃんのお母さんがいつものように笑いながらいう。
「じゃあ翔ちゃん、着替えようか」
ぬれたズボンに触れた、お母さんの手が止まる。
「おばちゃん…」
ゆみが繰り返す。
良太が言う。
「言ったんだよ、先生にも。井上先生にも。だけど…」
「うん、良くん、ありがと。ありがとね」
お母さんはそう言って顔をあげて教室の前を見る。
先生は机の上の連絡帳をかたづけている。
お母さんは黙って後ろのロッカーの着替え袋を取りにいく。
先生が大きな声でいう。
「はい、みんな席について、帰りの会を始めますよ」
みんなは黙ったまま、自分の席に座る。
翔ちゃんとお母さんは車椅子を押して教室を出ていく。
いつも着替えに使う隣の空き教室へ向かう。
翔ちゃんの車椅子のタイヤの音が遠ざかる。
冷たくなった翔ちゃんの青いズボン。
授業のあいだ、翔ちゃんのひざはふるえていた。
そのふるえは、となりの席のゆみに伝わっていた。
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