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文科省が抵抗、動いた「懐刀」 ケア児支援法案の舞台裏


文科省が抵抗、動いた「懐刀」 

ケア児支援法案の舞台裏


朝日新聞 会員記事 山下剛

2021年6月5日 10時30分



 たんの吸引や人工呼吸器など、医療的ケアが必要な子どもが保育園に通ったり、教育を受けたりできるようにする「医療的ケア児支援法案」が議員立法として提出され、今国会で成立する見通しだ。


 法案をまとめたのは、超党派の国会議員でつくる「永田町子ども未来会議」。中心メンバーのひとり、自民党の野田聖子幹事長代行(60)は医療的ケア児を育てる母親でもある。5年間、議論を積み重ねてここまでこぎ着けた法案の条文には、当事者の思いもこめられている。


【「努力義務だけでは限界」】

 会議は、立憲民主党の荒井聡・元国家戦略相が立ち上げた。きっかけは2015年、東京都杉並区にできた障害児保育園を視察した際に、野田氏の長男が通っていると知ったことだった。

 野田氏に声をかけて会議を立ち上げ、以来医療的ケア児の支援に取り組んできた。16年に成立した改正児童福祉法には、地方自治体に医療的ケア児に適切な支援を講じる努力義務を課す規定も盛り込んだ。

 今回、新たに法案づくりに取り組むことになったのは、地方自治体ごとの取り組みの温度差が解消しなかったからだ。「努力義務だけでは限界があった。地方自治体を動かすには根拠となる法律が必要だった」と荒井氏は話す。

 農水官僚出身の荒井氏にとって「政策は予算がついて省庁が動いてこそ実現できる」との思いがある。ただ、内閣提出の法案と違って、議員が提出する議員立法の法案は、省庁に前向きに取り組んでもらえない懸念もあった。

 そこで荒井、野田両氏が中心になって原案をつくり、昨年7月から厚生労働省や文部科学省、内閣府など関係府省の担当者を交えて法案づくりにむけた調整が始まった。医療的ケア児が通う保育園や放課後等デイサービスなどを運営するNPOの代表にも出席してもらい、意見を求めた。



【文科省が激しく抵抗した文言】

 そのなかで、法案の「基本理念」に掲げられたある文言に、文部科学省の担当者が激しく抵抗した。

 原案では基本理念に「希望する教育を受ける機会が妨げられる等の不当な扱いを受けることのないようにする」と記されていた。文部科学省の担当者は「当事者の意向に沿わないと『不当な扱い』にされるとなると、現場は動かない」などと強く反発したという。

 一方、保護者が付き添いを求められたり、看護師が確保できなかったりして満足な教育を受けられない医療的ケア児がいることを知る野田氏らにとっては、ゆずれない部分でもあった。

 動いたのは、荒井氏の懐刀と言われる政策秘書、加藤千穂さん。会議を事務局長として切り盛りし、「彼女なしでは医療的ケア児の政策は進まない」とも評される存在だ。



 昨年9月。加藤さんは文部科学省の担当者と千葉県松戸市教育委員会に向かった。医療的ケア児の受け入れに熱心に取り組む自治体の一つだ。

「こういう条文ができたとき、現場の皆さんはどう受け止めますか」

 こう尋ねた加藤さんに、市教委の担当者は「通常学級に入れたい保護者は、我々教育委員会が仮に特別支援学校が適当だと判断すると、聞く耳を持たなくなるのでは」という趣旨の懸念を示したという。

 せっかく法律をつくっても、現場が動かなければ意味がない。ではどうすればいいか。



 加藤さんらは同じ趣旨の内容を、前向きな表現にする案を提示。こうした経緯を聞いた野田氏らも納得したという。


 最終的に国会に提出される条文では「医療的ケア児が医療的ケア児でない児童と共に教育を受けられるよう最大限に配慮」という文言に落ち着いた。




【「介護福祉士等」を配置した理由】

 さらに、学校で医療的ケアを担う人材を確保しやすくするために、看護師だけでなく介護福祉士などの配置を可能にすることも盛り込んだ。

 各地で看護師が不足しているため、ケアの状況によっては、親の付き添いがなければ子どもが通学バスにも乗れないことがある。このため、通学バスだけでも看護師の代わりに介護福祉士などが同乗すればいいようにすることを想定した文言だ。

 加藤さんは「学校の現場でトラブルが起こることを懸念する文部科学省の担当者は難色を示しましたが、政治の意思として押し切りました」。

 加藤さんはこう振り返る。「当事者の思いと行政の考えとの間でせめぎ合いがあり、今回の条文にたどりつきました。関係省庁の理解や協力を得つつも、やはり大事なのは、誰のために作る法律なのか、ということだと思います」



【自ら育て、見えた現実】

 「先進国でありながら、学校に通えない子どもがいる」。医療的ケア児の支援に取り組んできた「永田町子ども未来会議」のメンバー、野田聖子氏はこう訴える。自ら医療的ケア児を育てて、見えてきた現実とは何か。野田氏に聞いた。


 《インタビューをした5月14日、「医療的ケア児支援法」の成立を求める2万6574人の署名が衆院厚生労働委員会の与野党筆頭理事に提出された。法案は「未来会議」のメンバーがとりまとめ、今国会で成立を目指している》

 ――19歳以下の医療的ケア児が全国に約2万人いるといわれるなか、それを上回る数の署名が集まりました。
 少子化で生まれてくる子どもの数が減るなか、医療的ケアを必要とする子どもはどんどん増えています。それは不幸なことではないんです。先進国で医療技術があるから、他の国では一緒に暮らせなかった子どもたちと暮らすことができる。
 でも、社会がついてきていない。今回の法案はそこをアジャストさせるものです。

――医療的ケア児は「保育園に預かってもらえない」「希望する教育が受けられない」といった問題があり、保護者の悩みは切実です。
 うちの子(長男の真輝さん)も当初は保育園に預かってもらえず、何度も引っ越しをしました。

 小学校も、最初は地域の小学校に行けると思ったんだけど、ダメだと言われました。学校で医療的ケアができないから、と。「もう行くところがない」と思ったけれど、交渉して交渉して、特別支援学校に保護者が付き添うならばという話になりまた。4月に入学してからしばらく、親が毎日付き添って、胃ろうから昼食を注入しました。

 ――自ら付き添いを経験して、どう感じましたか。
 経験したことがなかったので、なぜ(必要なの)かなと。いざというときは、素人で医学的知識のない母親より、保健室の養護教諭の方が役に立つんだけど、なぜ親の付き添いが必要かというと、医療的ケアのルールがないからなんです。

 ――どういうことですか。
 医療的ケアは、終末期医療と同じ医療行為だから、本来は医者や看護師にしか認められていない。親は違法性が問われないことになっている。そのしばりがあるから、親がいなきゃいけないということになる。
 


《署名が提出された際、東京都目黒区の特別支援学校中学部1年、山田萌々華さん(13)は「週2回しか学校に通えません。看護師さんが少ないからです。毎日学校に通って勉強したい」と訴えた》


 ――医療的ケアがあるため、親が仕事を辞めたり、子どもが通学をあきらめたり、という事態が起きています。

 法案では、医療的ケアの担い手を介護福祉士などに広げる条文が入っています。今後、物議を醸すかもしれないけれど、看護師が足りないから学校に行けないっていうんじゃ、あまりにナンセンスですよね。
 学校に行けるというのは普通の人からすると当たり前の話なんだけど、先進国でありながら、医療的ケアがあるため学校に通えないということが起きている。そのことを知って応援してもらえればと思います。


 ――医療的ケア児の受け入れをめぐって、地域格差が大きいことも課題です。

 憲法には教育を受ける権利や義務がうたわれているので、草の根でそうした子どもへの配慮が生まれてくる方がうれしい。実際に大阪府豊中市では法律がなくてもどんな障害がある子どもでも地域の学校で受け入れています。
 地方主権って本来、そうした魅力の比べ合いなんだけど、差が出てはいけない教育や福祉で差が出ちゃっている。子どもたちはどんどん成長していくから、もはや見過ごせない。今回の法案で教育への障壁は取り除き、どこに生まれ育っても義務教育については平準化させたいと思っています。


 ――法律が成立後の社会をどう思い描いていますか。

 まずは現在は取り残されている子どもたちが、身近な学校に通えるようになるといいなと思っています。

 それから医療的ケア児が成人になってからどうするのか。医療的ケア児は親がケアをしていますが、筋ジストロフィーや筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの病気でケアが必要になった方と同じようなサービスを受けられるように、と考えています。

 医療的ケア児への支援が進むと、ほかの障害者団体から取り残されたように感じると言われたことがあります。医療的ケア児には低出生体重の子もいれば、トリソミー(染色体異常)の子もいれば、交通事故の子もいる。いわばプラットホームのようなもので、ほかの障害者団体と対立する話ではないんです。

 障害者団体が予算の取り合いをするのではなく、全体を増やしていけるようにしたい。そんな野望もあります。(山下剛)
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