日常の暮らしの中の相互性を大事にするということ(その2)
昨日、最後に大事なことが抜けていた。
「日常の暮らしの中の相互性を大事にする」には、いまの日本の社会では、「ふつう学級」から始めることだろってこと。
いまの小学校、中学校が、特別いいところだとは思わない。
不登校や貧困への対応をみても、最低の先生はいっぱいいる。
それは、社会とおなじ。
それでも、障害児だけを「分けて」いいことなどない。
「分ける」ってことは、「日常の暮らしの中の相互性」を大事にしない、ってことだから。
「大事にしない」どころか、「日常の暮らしの中の相互性」を「断ち切る」ことだから。
そこから、「はじめる」のは、とても大変なことだとおもう。
そういえば、十年以上前、森田ゆりさんの講演や講座に参加してたころのこと。森田さんの、「通級(個別指導)」をとても良いもの=子どもの人権を保障するもの、という話が腑に落ちなかった。
直接、自分の考えを伝えてみたが、こんどは森田さんが首をかしげていた。
「子どもが、つまずいているところを、個別で丁寧に教えてあげることがどうしていけないのか?」という感じ。
私も当時は、日本の「通級」についてうまく説明できなかった。
いまは、なんとなく分かる。
森田さんのいたアメリカ社会では、「個別」に教えることと、「日常の暮らしの中の相互性」を大事にすることは、相反するものではない、ということだったのだろう。
アメリカのことはよく知らない。
でも、先日テレビで、ニューヨークスタジアムの車椅子と介助者席やバスやタクシーの対応を見たとき、「別世界」だと感じた。
だから、そういう違いも含めて考えることが大事なんだろう。
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