トラウマとフルインクル(その73)
《ノームのトランポリン・引用文》
ノームのトランポリンは、「身体トラウマ」のなかで最も好きなエピソードの一つです。
読むたび、思い出す子どもや場面が変わり、新しい考えが浮かびます。
少し長いですが、原文を紹介します。
『身体はトラウマを記憶する』ベッセル・ヴァン・デア・コーク(紀伊國屋書店)から。
◇
【2001年9月11日、五歳になるノーム・ソールは、第234公立学校の一年生の教室の窓から、450メートルもない所にある世界貿易センターに、一機目の旅客機が突っ込むのを目撃した。
彼とクラスメイトは担任の教師とともに階段を駆け下りてロビーに行き、そのほとんどが、ほんの少し前に送って来てくれたばかりの親たちと再会した。
ノームと兄と父親は、あの朝、ロワー・マンハッタンの瓦礫と灰と煙の中を命からがら逃げた何万人もの人の一部だった。
10日後、私はノームの一家を訪ね(彼らは私の友人だった)、その晩、彼の両親と世界貿易センターに出かけた。ツインタワー北棟が残っていた場所にできた穴の、依然として煙っている不気味な闇の中を歩いていくと、あちこちで救助隊員がまばゆいライトの下、昼夜兼行の作業をしていた。
家に戻ったとき、ノームはまだ起きており、9月12日午前9時に描いたという絵を見せてくれた。
それには、彼がその前日目にした光景が描かれていた。北棟に激突する飛行機、巨大な火災、消防士たち、建物の窓から飛び降りる人々。
だが、絵の下のほうに、彼は何か書き足していた。
建物の真下に、黒い丸がある。
それが何か、見当もつかなかったので、訊いてみると、「トランポリン」という答えが返ってきた。
なぜ、そんな所にトランポリンがあるのか。
ノームはこう説明してくれた。
「今度、人が飛び降りなくちゃならなくなったとき、安全なように」。
私は言葉を失った。
この絵を描くわずか24時間前に、言語に絶する破壊行為と惨事を目撃したばかりのこの5歳の男の子は、自分の目にしたものを想像力を使って処理し、再び人生を歩み始めたのだ。
ノームは運が良かった。
家族が全員無事だったし、愛情に満ちた環境で育ってきたし、自分たちが目撃した悲劇がもう終わったことを理解できた。
幼い子供は惨事のとき、たいてい親を手本とする。
子供たちは、養育者が冷静を保ち、彼らの欲求に応じ続けてくれているかぎり、深刻な心理的傷を負うことなく、恐ろしい出来事を生き延びる場合が多い。
私たちはノームの体験のおかげで、人間のサバイバルの基本である、脅威に対する適応反応の持つ二つの重要な側面を、大筋でつかむことができた。
惨事が起こったとき、彼はそこから逃げ去ることで、能動的な役割を果たすことができ、それによって、自らの救出における行為の主体となった。
そして自宅という安全地帯にたどり着くと、脳と体の中の警報ベルが鳴り止んだ。
その結果、彼の心が解放され、何が起こったかを多少なりとも理解し、自分が目にしたものに代わる創造的な選択肢、すなわち救命トランポリンを想像することさえできた。』(88~90)
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