新一年生の教室の世界(M-⑦)
《ことばの意味づくりと共有 Ⅱ》
大人は、言葉数は多い。
使い方も巧みだ。
でも、「意味を作りだす」能力を忘れている。
すでに「できあがった」言葉しか、使えない。
それでは、新世界には参加できない。
「相手の声とことばに耳を傾け、意味を見出し、共有する」能力。
「新たな理解を作る作業を通して、お互いが自律的な人間であると確認する」能力。
「ことばの魔法」とは、比喩やファンタジーの世界のことではなく、もっと豊かな世界なのだとおもう。
新一年生の世界で、「ことばの遅れ」があるのは、私たち大人なのだということは確かだ。
◇
《どこの国の言葉でもないことば》
ユージニアは2才半のときにロシアの孤児院から、アメリカの養親に引き取られた。
一年半後、養親はルーマニアから2才のボビーを引き取った。
4才のユージニアはやきもちをやくことなく、弟の通訳になり代弁者になってやった。
弟が何かを欲しがっている素振りを見せると、話しかけて、彼の気持ちを両親に説明した。
しかし奇妙なことだが、ユージニアが弟の話を、言葉として理解できていたのではない。
ユージニアの知っている言葉は、ロシア語と英語であって、ルーマニア語は知らなかった。
しかも、弟の言葉はルーマニア語でさえなかった。
どこの国の言葉でもなかった。
中絶が非合法だった時代の、ルーマニアの劣悪な孤児院で暮らす子どもたちがつくりあげた言語だった。
これはときどき耳にする話らしい。
誰も声をかけずに世話をする孤児院では、それでも赤ちゃん同士で声をだしあい、言葉をつくりあい、話をしたいのだ。
学習する言語がそこになくとも、人と話したい、応答し合いたい、という欲求はとても大きな力がある。
ユージニアは弟の世話をすることで、両親が惜しみなく与えてくれる賞賛の言葉や、欲求を理解してもらえた弟の喜びを存分に味わった。
「たぶん、弟が何を欲しがっているのか、当て推量していただけでしょうね」と現在の彼女は言う。
「おかしな話でしょうけれど、でも私には全部わかったんです。飲み物を欲しがっているとかも全部わかったんです」
(「子どもの共感力を育てる」ブルース・D.ペリー著 紀伊國屋書店)
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