「明けない夜」
(7)―⑦
「社会を捉えなおす」―⑦
パイが増えないのにその分け前に与る人々だけが増えれば、すで
に世界人口は70億人を突破して今世紀中には100億人に達する
と予測されているが、一人ひとりの分け前が減るのは必定である。
それでも分け前を増やそうとすれば他人の分け前を奪い取るか、す
でに領土を巡る紛争は各地で勃発している、或いは分け前を求める
人間を減らす、つまり殺すしか方法はない。しかし、他人の分け前
を奪い取ったり殺し合わなければ生きていけない社会が果たして文
明社会と呼べるだろうか?こうして人口爆発によっても近代文明の
終焉、つまり「世界限界論」が加速されて迫ってくる。
では、「世界限界論」から逃れるにはいったいどうすればいいの
だろうか?それにはまずその原因を突き止めなければならないが、
まず近代科学文明こそが自然環境を変化させたことは明らかだ。そ
して飽くなき欲望に支配された産業資本主義が際限なく増殖して大
量に排出された自然循環できない物質が、自然から見ればあたかも
ガン細胞のように地球全体を侵し、今や「自然環境の限界」が迫っ
ている。わたしは、決して科学技術そのものを否定するつもりはな
いが、しかし我々が生存を依存している自然から見ればそれは明ら
かに欠陥技術と言わざるを得ない。それは樹木を伐採し、山を削り
、地中深く穴を掘って念願の宝物を取り出せば後は埋め戻されもせ
ずに放置される。こうして産業資本主義は埋め戻す作業を忌避する
ことによって利益を得る。
「世界限界論」から見ると近代科学文明は直線的に限界へ近づい
ている。温室効果ガス排出による地球温暖化現象が引き起こす自然
環境の変化、それに伴ってもたらされる食糧危機、地下資源の減少
によるエネルギーコストの高騰、フロンティアを失った資本主義経
済の行き詰まりと経済不安、今世紀中には100億人に達するとい
われる人口爆発、等々。しかし、何れもが直接的に近代社会を崩壊
させる引金にはならないにしても、さらには間接的に起こるであろ
う様々な自然災害や環境汚染、砂漠化、飢饉、恐慌、テロ活動や領
土紛争なども、すでに「喉元過ぎれば熱さを忘れる」特性を身に付
けた近代人にとっては、過ぎてしまえばそのような兆候でさえもす
ぐに忘れられて不吉な啓示とは受け取られないに違いない。ただ、
気にしてもどうすることもできない現実が、ちょうど水の流れがつ
いには岩を砕き山をも崩すように、やがて人々が心に描く明るい近
代社会の夢や希望に暗雲が垂れ込めて、先の見えない不安が社会を
覆い人々の心に影を落とす時、目に見えるカタストロフィなどによ
ってではなく、近代生活を失うくらいなら死んだ方がマシだとばか
りに、不安に駆られた近代人の手によって、ハルマゲドンの火蓋が
切られる。
近代文明の側から「世界限界論」を回避する方法を探ってきまし
たがどうしても戦争が避けられそうもないので、諦めて、では「世
界限界論」の側からどうすれば避けられるのかを、つまり「ポスト
近代社会」はどうあるべきか、敢えてその理想を語る方が手取り早
いと思いますので、そうします。
まず、地球温暖化、資源の枯渇、人口爆発などの生存環境の悪化
を国家単位で話し合ってもきっと有効な結論は生まれないでしょう
。最終的にはすべての国が参加する国際会議の下で国際条約が締結
されて違反には厳しい罰則が科されなければなりません。つまり、
国際法の下で政治の一元化が図られて、いわゆる国家と呼ばれる政
治的共同体は解消されます。国家を形成する三要素である領土、国
民、権力、のいずれもが「世界政府」の下に一元化され、地球上で
地球人による地球人のための政治、つまり主権者はすべての地球人
で、当然それは民主主義制度です。しかし、地域差や時差、また生
活習慣などの違いから規制の妨げにならない限りの自治は認められ
るでしょう。分かりやすく言えば、EU(欧州連合)の世界版のよう
なものです。ただし「世界限界論」を回避するための様々な法規制
によって、たとえばもっと厳しい温室効果ガスの削減が求められる
など、自由経済は制限され、つまりそれは資本主義経済の終焉に他
ならない。我々は掘った穴を埋めもどす責任を負わなければならな
い。ただ、規制は誰もが平等に負わなければならない。つまり、規
制された経済活動と平等主義、それは社会主義体制に他ならない。
こうして世界政府は「社会民主主義」体制になるだろう。それらは
いずれも「世界限界論」を回避するための生存手段であって、生命
体の目的はまず生存することである。
あまりにも荒唐無稽な話だと思われるかもしれない。しかし、す
でにEU(欧州連合)では、マーストリヒト条約以降何度か修正を繰
り返して安全保障、政治、経済、法律など様々な分野での一元化を
図り、28ヶ国が国家や民族の壁を取っ払って加盟する共同体を実
現させている。ただ、アジアの片隅で海面に浮かぶ「岩」の領有を
巡って争っている国から見れば、国家の解体などあり得ないこと
かもしれないが、経済のグローバル化によってすでに東亜以外で
は未来に向けた共栄圏への取り組みは始まっている。ただアジアの
片隅だけが前世紀の呪縛から遁れることができずに過去ばかり振り
返っている。
(つづく)