「『愛と死を見つめて』を見つめて」
人生のテーマとは何か?たとえば、社会的成功だとか社会貢献だと
か、もっと身近ではお金儲けや家族の幸せといった、生い立ちの違い
から人それぞれの思いは異なるが、しかしもっと原点に戻って見詰め
直してみると、すべての命あるものにとって避けることができない事
実「死」こそが我々を「何か為せ」に駆り立てるのだ。「いつか死ぬ
」、この絶対逃れることのできない事実を前にして我々は、いやすべ
ての命あるものは、むざむざと消滅してしまうことに抗おうとする。
こうして「生」は、もはやそれ自体が目的ではなくなり手段に転換さ
れる。生きることとは何か為すことである。そこで命あるものは自ら
を犠牲にしても新たな命を残そうとする。死する命から生まれる新た
な生命、その関係がもたらす感情を「愛」と呼ぶなら、すべての命あ
るものは「愛」の繋がりによって「死」の消滅に立ち向かう。「死」
による消滅は避けられないが、それでも「愛」によって新たな命が再
生されるのだ。
「死」と「愛」について語れば、「愛と死をみつめて」(大和書房)
を取り上げないわけにはいかない。もう半世紀以上も前の初版だが、
難病に冒されて21才の若さで命を奪われた大島みち子さんと彼女が
愛した男性との文通を書籍化した本だが、当時、その悲恋は大きな反
響を呼んで映画化もされ歌も作られて大ヒットした。彼女は迫り来る
「死」の恐怖に怯えながら、しかし強い「愛」に支えられて「死」に
抗った。彼女の願いはただ「生きたい」ということだけだった。これ
を記すにあたって吉永小百合主演の「愛と死を見つめて」を観たが、
後半は哀しくてとても涙なしには観れなかった。しかし、どれほど強
い愛で繋がっていたとしても死はその絆を拒んで孤独を迫る。独りベ
ッドの上で死と向き合う不安な夜をどれほど耐え忍んだことだろう。
映画は死へ旅立つ彼女の絶望的な孤独を見事に表現していた。快復し
ない絶望から彼女は何度も自殺を考えたがそれを思い止まらせたのは
愛に違いなかった。死への抗いから愛は生まれる。そして生きること
とは死ぬことへの抗いだとすれば、愛は生きることのテーマたり得る
。
「なぜ愛するのか?」
「生きるためだ!」
愛を感情による繋がりだとすれば、人と人との繋がりが疎んじられ
た社会は共生が損なわれて、それぞれの心に孤独が忍び寄る。そして
「愛」を見つめられなくなった者はやがて「死」を見詰めるしかない
。 余談だが、時期はずっと後のことだが、実は私はかつて彼女が入
院していた病院で働いていた。あまり詳しく記せないが、彼女が入院
していた病棟にも何度も足を運んだことがあった。そして映画の中で
彼女が、「実験に飼いおかれし 犬の声 病舎に響きて 夜寒身にし
む」と詠んだが、まさにその実験にも係わっていた時期があった。そ
れを観て驚いたが、その後近隣住民からの苦情が殺到して屋上に設え
られた犬小屋はすべて撤去されたと聞く。そして、今はもうそこに病
院そのものもない。
(おわり)