「無題」 (十六)―⑧

2013-05-25 06:42:37 | 小説「無題」 (十六) ― (二十)



       「無題」


       (十六)―⑧



「当たり前のことだけど、商売人は安全性よりも採算性を優先させま

すから」

わたしは話しに熱中してゆーさんの奥さんが置いて行った二本目の

缶ビールもいつの間にか空にしてしまっていた。すると、わたしの

向いのバロックの隣りに座っていた彼の奥さんが、

「それって原発と同 (おんな) じやね」

と言って、大皿に盛られた若芽の付いた筍を箸で取って口に運んだ。

わたしの説明はゆーさんにはもう一つ納得してもらえなかったが、

バロックは東京にしばらく居たこともあって、

「おもしろいかもしれへん」

と乗ってくれた。そして、実は、もう以前からネットによる販路も

伸び悩んでいて、というのもいくら無農薬といっても加工品じゃな

いので他との差別化が難しくすでに安売り競争が始まっていて、こ

れからどうやって販路を増やしていくか頭を悩ましているのでそう

いう話は有難いと言った。すると、ゆーさんが、

「問題は福島県産と言って買ってくれるかどうかやな」

実際、これまで買ってくれた顧客も原発事故によって発注が来なく

なっているという。わたしは、

「それで、実際どうなんですか?」

「何も問題ない。ただ、風評だけはどうすることもできん」

彼らはガイガーカウンターを取り寄せてひと梱包づつ測ってその記

録を同梱している。ゆーさんは、

「まあ、しばらくはどうすることもできん」

わたしは、懐かしい三五八(さごはち)漬けの大根を噛み締めながら、

彼らが作った野菜は味付けが薄くてもどれも素材そのものが旨く、

調味料の味しかしない料理に慣れた舌には驚きだったが、なんとか

彼らのために、そして故郷である福島のためにも力になりたいと思

った。

                         (つづく)



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