(四十五)

2012-07-11 16:59:40 | 「パソコンを持って街を棄てろ!」(四十一
                 (四十五)



サッチャンのデビュー曲「愛はエコロジー」(誰だっ!笑った奴は)

は予想以上の売れ行きで、というのは端からそんなに売れる訳が

無いと、予想そのものが緩かった。「愛はエコロジー」は彼女の為

に創られた曲ではなく、今は売れているシンガーが「ダサい」と言

って投げ出した曲を、彼女にアレンジを換えて宛てがったのだ。と

ころが、確かに「ダサ」かった、それは歯の浮くような言葉や使い

古されたフレーズに、お尻を持ち上げられる感じがした、が彼女の

透き通る高い声は、聴いた人がそのことを忘れてしまうほど新鮮

だった。つまり、彼女の御蔭で「売れた」とまでは言えなかったが

、見積もりを超えたことは確かだった。そう為ると先見に聡い音楽

関係者は、今度はスタッフを代えて彼女の高音が生える曲をヒット

メーカーに依頼して本腰を入れだした。そしてデビュー曲からひと

月も経たずに二曲目の「エコロジーラブ」(また笑っただろ?)をリ

リースした。なんでも「二人の愛はエコロジー、あなたの他には何

もいらない」ってサビだった。(いいよ笑っても)そして彼女の「エコロ

ジー」路線は確定した。「彼女の透き通る高音はエコロジーを連想

させる。」と表書きには書かれてある。

 私はそんなことを知らずに、バロックが好きだと言ったシュー

ベルトのシンフォニー「ザ・グレート」を聴きながら、テレビの

環境情報番組の画面を見ていたら、そのエンディングに突然彼女

に良く似た女性シンガーの映像が流れてテーマ曲を歌っていた。

やっぱりサッチャンだ。以前あれほど「自然な髪」に拘ってスプ

レーで固めていたサッチャンが、今度は本当に自然のままの髪を

、不自然な風になびかせて気にもせず、しかも素ッピンのままシ

ンプルな服装で、正に彼女は「エコロジーガール」(これもジャ

ケットに書いてあった)に成りきっていた。私はその真逆のイメ

ージチェンジにびっくりして、急いでバロックにメールをしたら


「知ってる。」

「えっ、知ってるの?」

「うん、誰にも言わんとってくれって。デビュー曲が応えたみた

い。」

私は、バロックの私に対する距離が、自分の思いと隔たりがある

ことを知って少し戸惑ったが、彼女は二曲目の「エコロジーラブ

」のヒットに懸命のようだ。私は彼女のヘソのピアスがその後ど

うなったのか気になったが、バロックは、

「デビュー曲よりは今度の方が曲がいい。」

そう言ってから、

「この前、音楽は貧富の格差を越えて共感できるって言ったけど

、たとえ共感できても、また日常に戻ればそんなこと忘れちゃう

んだよね、人間は。」

「わかる。」

 サッチャンの二曲目は何が変わったのか知らないが、商店街の

スピーカーからシャワーの様に降り注ぐことは無かった。しかし

、定食屋の前には相変わらず行列が出来ていた。

 東京で生活をしていると時々人の多さにイラツクことがある。

出先で急に「もよおし」て、開店直後のデパートの上の階なら、

客の姿も疎らで気兼ねなく用を足せるだろうと思って、エレベー

ターに飛び乗って、思い通りの閑散とした広い「催し物」フロア

を抜けて、案内を辿って目指すトイレに駆け込んで、耐え難きを

耐えた「もよおし」を思う存分「開催」できると思いきや、何故

か居る筈の無い人がすぐに隣の空室に入る音が聞こえ、広く閑散

としたフロアの片隅の狭い個室に隣同士で、互いに気兼ねして排

泄することなって、「なにもココに来なくてもいいだろう!」と

、思わず言いたくなる時があるが、東京で人を気にせずに暮らす

事はできない。とは言っても、人への思い遣りを気に掛けていた

らとてもキリが無い。こうして我々の思い遣りは、時には冷淡に

あしらったり、また余計なお世話を焼いたりと、思い遣りひとつ

も思い通りにならない。これは、余りにも多くの人が屋上屋を重

さねて暮らしているからに違いない。人間のヒューマニズムとは

、人口が65億の時と1億の時と自ずから違って来るのではない

か。我々のどこかに、もうこれ以上増えないでいて欲しいと願う

気持ちが在るのではないか?特に東京で暮らす者にとっては、

電車に乗っても、車で走っても何時も行き手を塞ぐは他人だ。

そんな社会に情けが生まれる余地など在る訳が無い。つまり

、東京に暮らす者が元より薄情な訳では無くて、情けを隠さな

ければとても生きていけない街なんだ。

                              (つづく)


最新の画像もっと見る

コメントを投稿