上敷香虐殺事件
下記は「証言・樺太朝鮮人虐殺事件」林えいだい著(風媒社)からの抜粋である。崔主性がコルサコフでソ連軍関係の洋服の仕立て人をしている時に、共同生活をしていた姜という男から聞いた話であるという。(著者のその後の調査では、姜は崔主性が聞いた人の名前でまた聞きであって、正しくは姜ではなく、「辛正守」であることが分かったという。そして辛正守が北朝鮮へ帰国したということで、直接事件について本人から話を聞くには至らなかったということである)
8月9日の早朝、ソ連軍は戦車を先頭に国境を越えて進攻して来たが、警備に当たっていた将校は、相手の兵隊はロシア人ばかりと考えていたためか、望遠鏡の中に見えた小柄な東洋系の兵士を見て、後方の師団司令部に対し、朝鮮人部隊が大挙して攻撃して来ると報告した。それまでも、朝鮮人に対しては様々な差別や虐待を繰り返していたわけであるが、報告のあったその瞬間から樺太の朝鮮人が、全て敵と通じてスパイしていると見なされるようになった。強制連行し、差別し、虐待をしてきた三万数千人の朝鮮人が仕返しをするのではないかという恐怖感が作用したのは間違いないであろう。「朝鮮人はすべてスパイ」というデマが、「朝鮮人は皆殺しにしろ」という結論に至る日本人の心理は、関東大震災時における朝鮮人虐殺の時のそれと同じであると思われる。かくして、下記のような虐殺が起きることとなったのであろう。
上敷香虐殺事件---------------------------
上敷香警察署に留置されていた朝鮮人の19人は、(終戦後の)8月18日昼頃一人ひとり呼び出され、憲兵と警官から銃を突きつけられて廊下に並ぶように命令された。姜は後ろから二番目にいて、その後に一人の老人がいた。彼を前に押しやった。警官の目を盗んで入り口近くの看守の監視室の下に潜り込んだ。そして、そこにあった毛布を頭から被った。ピストルで射殺する音と悲鳴が聞こえて来た。ガソリンの匂いがしたと同時に炎が上がり、煙が留置場のほうへ流れてきた。 一番奥の便所まで逃げると、便器を伝って下へ体を滑り込ませた。すると便壺の中に先の老人がいて、汲取口の蓋を両手で上げようとしていた。右肩を撃たれて出血がひどく、上に手を伸ばそうとするが体はすぐ落ちた。姜が先に出て手を掴んで上げようとしたが、取りすがる力もなく体ごと沈んでしまった。
燃え続ける警察署の横に丘があり、姜はそこの藪に身を隠した。憲兵がピストルを持って建物の前で見張りをしていた。翌日も藪の中にいると、ソ連軍の戦車が南下して来て上敷香を占領した。そこへ姜は飛び出して両手を上げた。糞にまみれた彼を見たソ連軍の将校は、その強い悪臭に顔をそむけた。
・・・
二人は通訳に呼び出され、基地の将校から訊問を受けた。北樺太から来たという朝鮮人通訳が朝鮮語でいろいろとたずね始めた。
姜は警察署事件を話して、重傷の老人が便壺にいることを伝え、早く救出してくれと頼んだ。
将校を連れて警察署留置場跡に行くと、頭髪が焼けて黒焦げの老人が便壺に浮いていた。
建物の焼跡には、死体が重なるように転がっていた。
その翌日、姜と林が呼び出されて現場にいくと、日本兵の捕虜が大勢集まっていた。
「お前たち、この死体を全部穴を掘って埋めろ!建物の焼けた木材は道の横に積み重ねておけ!」
ソ連軍の将校は通訳に言って、日本の将校に伝えた。
「この黒焦げの死体は誰のものだ?」
「知らない」
日本の将校は答えた。
「お前、この建物は、昔何だったか知っているか?」
「昔は上敷香警察署だ」
ソ連の将校はむっとした表情で姜を指さした。
「この朝鮮人が留置場で殺されかかったんだ。便所から逃げて助かった。日本人はひどいことをする。首をはねているじゃないか、よく見ろよ」
胴体と首が離れ、真っ黒い固まりがいくつも転がっていた。それを見た日本の将校は黙って下を向いていたという。
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父親と長兄を朝鮮人スパイということで憲兵と警官に逮捕連行され、帰ってこない二人が心配で上敷香警察署に行った金景順は、この時数人の日本の警官が建物にガソリンをかけて燃やしているところを目撃している。
また、名好温泉の近くで、「貴様たち半島はみんなスパイだ!」と戦闘義勇隊に七人の朝鮮人が首をはねられ殺されたという。
さらに、計画が事前に洩れたため失敗に終わったが、知取で、「日本人は第二と第三小学校に行け。朝鮮人は講堂で帰国の話があるから集まれ」と朝鮮人を一カ所に集めて爆破する計画があったという。解放された朝鮮人が床下からスイッチ一つで爆破できるようになっているダイナマイト四本を見つけている。
強引な連行も、極寒の地では考えられない身なりでの過酷な強制労働も、玉音放送後のこうした虐殺も、にわかには信じがたいが、様々な証言の一致で、否定しようのない事実であることが分かる。
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