真実を知りたい-NO2                  林 俊嶺

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南北合一の「朝鮮人民共和国」を潰したアメリカの軍政

2023年04月19日 | 国際・政治

 中国が急成長を遂げ、アメリカに対抗し得る力を持ちつつあるからではないかと思いますが、世界のあちこちの国が、アメリカから離れ、また、アメリカを名指しして非難したり、批判したりするようになってきたと思います。

 例えば、フランスのマクロン大統領が、習近平国家主席との首脳会談を終えた後のインタビューで、「欧州が米国の課題や中国の過剰反応に追随してしまうのは最悪だ」というようなことを語ったことが、波紋を広げているといいます。
 「欧州が直面している最大のリスクは、自分たちのものではない危機に巻き込まれて、戦略的自律性を発揮できなくなってしまう事態だ。困ったことに、パニックに陥って、欧州自身が『われわれは単なる米国の追随者』と信じ込んでしまっている。台湾危機はわれわれの利益なのか。答えはノーだ」などとも語ったというのですが、この主張は間違っていないと思います。
 アメリカの共和党議員が、この主張に対し、「フランスは脅威に真正面から目を向けねばならない」などと怒りの声をあげたようですが、「脅威」を感じているのは、中国の影響力拡大によって、自らの覇権と利益が失われるアメリカあって、それを”台湾危機はわれわれの利益ではない”と言っているフランスも”共有しろ”というところに、私は、他国を思い通り動かしてきたアメリカの傲慢な姿勢があらわれていると思います。

 また、関連して、クロアチアの政治評論家が、”ヨーロッパは、決してアメリカの召し使いになってはならない。生き残るためには、自立的でなければならない。アメリカに依存することは、ヨーロッパ諸国の経済的発展につながらない。”というようなことを言った、と新華社通信が伝えています(下記)。この主張は、アメリカが自らの国の覇権と利益のために、ヨーロッパ諸国に強い圧力をかけてきたことを証明していると思います。
(ZAGREB, April 17 (Xinhua) -- Europe must be independent in terms of its foreign policy and security and must by no means become a vassal of the United States, Croatian experts said on Monday.
"Europe must be independent because that is the only way that it will survive. Though an ally of the United States, Europe must by no means become a U.S. vassal under the terms dictated by Washington," Drago Poldrugac, a Croatian political analyst, said in an interview with Xinhua.・・・)

 さらに、ブラジルのルラ大統領は中国・北京を訪問の際、ウクライナでの戦争終結に向けた進展が見られないとして米国を批判し、「米国は戦争を促進するのをやめ、平和について話し始めることが重要だ」と語ったことも伝えられています。そして、そのことに関し、米国家安全保障会議(NSC)のジョン・カービー戦略広報調整官が、「ブラジルは事実も見ずにロシアと中国のプロパガンダを繰り返している」と非難したため、ヴィエイラ外相は、「いいえ、私はそう思わない。そんなことはない。彼がなぜそのような結論に至ったのかはわからない。しかし、私はまったく納得できない」と、大統領を弁護したそうです。ブラジル大統領や外相の主張も当然で、正しいと思います。ウクライナ戦争は、アメリカが、ウクライナ軍支援の方針で圧力をかけなければ、すぐに停戦できると思います。

 先だって、メキシコ大統領が遺伝子組み換えトウモロコシの押し付けに抗議して、アメリカを痛烈に批判したことを取り上げました。
 だから、現在の国際社会で一番問題なのは、自らの覇権と利益のために、他国に不当な圧力をかけるアメリカであって、ロシアや中国ではないということです。

 このところの世界各国の発言は、今まで、アメリカの圧力によって抑え込まれ、声をあげることができなかった国々が、中国やブリックス(BRICS)の影響力拡大で、声を上げることができるようになったきたことを示しているように思うのです。

 私は、もっともらしいアメリカの主張を鵜呑みにせず、しっかり自分の眼で世界の動きを見つめるべきだと思います。また、日本は日本の立場で世界の動きを見るべきで、アメリカの立場で世界の動きを見るようなことをしてはならないと思います。先ず、日本の政治家や主要メディアが自立しなければ、日本人の苦難はさけられないように思います。
 アメリカの主張を、鵜呑みにしてはならないということは、アメリカが戦後の日本や朝鮮に、何をしたかをふり返れば、明らかだと思います。

 1945年8月15日正午、ポツダム宣言受諾を告げる天皇の無条件降伏放送がソウルの市街にも流れたといいます。この放送は、朝鮮の人たちにとっては、36年に及ぶ日本の苛酷な朝鮮民族支配の終焉と、朝鮮民族の解放を意味するものでした。だから、この日、夜半遅くまで「マンセー」の歓声が、ソウル市街や全国にどよめいたということです。
 大事なことは、それが朝鮮の人たちにとって、朝鮮という国の「即時独立」を意味するものであったということです。

 だから、当時の政務総監遠藤柳作から、戦後の治安維持に関し、声をかけられた呂運亨は、その日のうちに自宅に何人かの指導的人物を集め、「建国準備委員会」を組織することを決定しています。
 そして、翌16日、建国準備委員会は、ラジオを通じて具体的な建国方針を朝鮮市民に訴えました。この呼びかけに応じて、朝鮮各地では続々と各地の準備委員会が組織され、会社・工場・学校・新聞社・警察署などを接収して、急速に朝鮮市民自身による自治、自主管理が推進され、解放から何日も経たないうちに、朝鮮全土の道、府、市、郡、面から洞・里(部落)にいたるまで、民衆の手で建国準備委員会の下部組織保安隊が作られたというのです。
 また、その動きを加速したのは、朝鮮のすべての刑務所から膨大な数にのぼる政治犯、思想犯、独立運動の闘士たちが一斉に釈放され、活動を始めたことだといいます。
 
 だから、建国準備委員会は、アメリカ軍先遣隊が上陸する以前に、全国の南北各界各層を網羅した代表一千数百名の中心的人物をソウルに召集して、全国人民代表社会を開催し、南北朝鮮を合一して「朝鮮人民共和国」を国号とする国家の創建と、新朝鮮国民政府の樹立を決議しているのです。
 そして、9月14日には、共和国政府の組閣を完了しているのです。これには南北朝鮮、左右両派、内外の有力な人材の名を連ねており、主席には当時アメリカに滞在中の李承晩、副主席呂運亨、国務総理許憲、内政部長金九、外交部長金奎植、軍事部長金元鳳、財政部長曺晩植、保安部長崔容達、文教部長金性洙、宣伝部長李観述、その他司法、経済、農林、保健、逓信、交通、労働の各部長を決定し、書紀長には李康国が就任することになっていたといいます。

 でも、その政府を見守り、支援すべきアメリカが、自らの覇権と利益のために、軍政によって、その南北朝鮮を合一した「朝鮮人民共和国」を潰し、朝鮮を38度線で分断して、南朝鮮に大韓民国を樹立させるのです。それが、再び、朝鮮に大変な悲劇をもたらすことになりました。
 下記は、「朝鮮戦争 38度線の誕生と米ソ冷戦」孫栄健(総和社)から「第五節 朝鮮戦争直前の韓国情勢」の「(一) 揺れ動く南北社会」抜萃したものですが、アメリカの軍政がどんなものであったかということの一端が分かります。
 アメリカ軍政は 日本の支配下で、長く朝鮮の人たちを苦しめた、戦前の既得権益層や朝鮮総督府等に雇用されていた朝鮮人官吏、朝鮮人警官等を、復活させているのです。
 日本で、公職追放を解除し、戦犯(戦争指導層)を復活させて、意のままに操ったことと通底することだと思います。
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                 第五節 朝鮮戦争直前の韓国情勢

(一) 揺れ動く南北社会
 1945年8月15日に南朝鮮地域(ほぼ現在の韓国領域)に樹立されて、同年12月12日の国連総会決議により国際的承認をうけた韓国政府とその社会は、しかし、その政府樹立当初から深刻な社会的矛盾を激化させ続けていた。
 すなわち、1945年9月に上陸を行い南朝鮮を占領下においたアメリカ軍は、直接軍政を施行し、その軍政統治を48年8月、新共和国が組織され大韓民国政府に行政権を委譲返還するまでの3年間、
アメリカ外交政策の主旨と利害のもとこれを継続した。
 この間、アメリカ軍は日本の戦争経済強行による収奪で疲弊し切った南朝鮮にある程度の経済・物資援助を与えたが、一方では、上陸早々から38度線警戒線の設置、港湾、飛行場、軍用道路、兵舎などの軍事施設を拡張新設し、南朝鮮青年を米式火器により訓練武装させ、軍事的地歩を打ち立てた。また政治的にも、旧朝鮮人統治機構である朝鮮総督府組織の行政・警察機構をその制度と人員ともに継続利用して軍政統治の道具として活用した。また南朝鮮総資産額の80%に達するともいわれた旧敵性資産(日本が収奪した資産)を1946年1月の軍政庁命令によって接収し、それをアメリカ政策の下で運用・配分した。また日本植民地政策の先兵として日本の朝鮮収奪のための国策会社であった東洋拓殖会社は「新韓公社」と名を改めて存続させ、かつての日本に代わる形で、アメリカの強制的支配権が南朝鮮に施行される結果となっていた。

 その結果、旧体制の既得権益層、あるいは旧日本植民地時代に朝鮮総督府等に雇用されていた朝鮮人官吏、朝鮮人警官等が、解放後社会においても公然と復活して社会的主導権を握る経緯となった。また、旧時代以来の、地主階級が貧農・小作人を厳しい雇用・小作条件で働かせるという土地所有、社会階級関係の近代化もなされなかった。そのいわば、旧体制(アンシャンレジ-ム)勢力は、李承晩、金九のような国外逃亡から帰還した民族主義運動家をリーダーに祭り上げることによって、アメリカ軍政の与党的立場を確保しながら、右翼勢力として新しく再編される展開となっていた。そして、それは48年8月の大韓民国樹立によって、新国家での右派勢力のみで構成された新政府の支持勢力として、ここで韓国社会における実権を公然と掌握する結果となったのである。

 すなわち、1945年8月15日の時点において、南北を問わず全朝鮮市民が願望していたのは、旧日本統治時代の社会的不正の是正、あるいは不労地主と貧窮小作人のような土地所有関係に代表される封建的残滓の清算であり、ある意味では新生民族国家としての社会の抜本的改革であったとされた。
 だが、南朝鮮のちの韓国においてはアメリカ軍政の後ろ盾により、旧体制勢力がその基本的制度とともに依然として継続される結果となった。一方、北朝鮮においては、旧体制の清算と土地改革を含む旧社会の抜本的改革は為されたが、それがソ連勢力の濃密な影響下において共産主義勢力単独の権力掌握と反対勢力の排除という形で為されたのである。しかし、経済原理において、共産主義的経済理論での中央集権的な計画経済の手法は、農業的社会から工業的社会への移行を望む段階の初期的な後進諸国にはきわめて有効であり、解放後北朝鮮社会は、南朝鮮社会あるいは48年以後の韓国社会と比較して、着々と社会改革と経済復興が進捗していた


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