真実を知りたい-NO2                  林 俊嶺

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731部隊調査報告書”トンプソン・レポート”抜粋

2008年06月01日 | 国際・政治
 下記は、アメリカが日本の731部隊について調査した第2次の報告書である。この時には、まだ731部隊の実態を正確に把握していなかったようである。「標的・イシイ(731部隊と米軍諜報活動)」常石敬一(大月書店)からの一部抜粋である。
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陸軍補給部隊
キャンプ・デトリック 
フレデリック、メリーランド

        日本の生物戦研究・準備についてのレポー


報告──アーヴォ・T・トンプソン獣医中佐
1946年5月31日

         序文
 本レポートの調査は1946年1月11日から1946年3月11日まで行われた。これは1945年12月26日付のワシントンの高級副官部〔AG〕室から東京のアーヴォ・T・トンプソンへの手紙による行動命令AGPOーAーOー201の第1項にもとづいて行われた。

        目次
  一、要約
  二、結論
  三、日本の生物戦研究・準備についてのレポート
   補遺一、ハルビン地区の見取図
   補遺二、
    a、関東軍防疫給水部の組織図
    b、関東軍防疫給水部の任務の概要
   補遺三、
    a、ハルビン研究所の平面図(石井)
    b、ハルビン研究所の平面図(北野)
    c、平房施設の平面図(石井)
    d、平房施設の平面図(北野)
    e、平房研究所で行われていた業務の概要
   補遺四、 
    a、イ型爆弾の詳細  
    b、ロ型爆弾の詳細  
    c、ハ型爆弾の詳細 
    d、ウ型爆弾の詳細  
    e、旧式宇治型爆弾の詳細
    f、ガ型爆弾の詳細
    g、宇治五〇型爆弾の詳細


        要約
日本の生物戦研究・準備
 一、日本は軍の手で生物戦の攻撃と防御の両面において大規模な研究を行っ
   ていた。日本海軍の生物戦への関心は防御面に限られていたようである。
 二、日本陸軍の生物戦研究・開発は主に石井四郎中将によって支配され動かさ
   れていた。この活動の遂行は正式の命令を受けておらず、軍陣予防医学の
   ひとつとして行われていたと述べているが、研究の進捗状況からみて、生物
   兵器研究・開発がすべての面について大規模に行われていたこと、および陸
   軍最高幹部の公式の認可と支援があったことは明白である。
 三、ソ連や中国による生物兵器の謀略的使用に対し防御手段を開発する必要が
   あったという申し立ては、石井が日本において生物戦研究・準備を行うために
   展開した論理であった。攻撃的武器としての生物兵器の開発はまったく考え
   ていなかった、と彼は強調した。
 四、満州ハルビン近郊の平房の施設は主要な生物戦の研究と開発のセンターだ
   った。同じ分野の研究は東京の陸軍軍医学校で行われていた。生物戦は軍
   事上の問題で極秘事項のため、民間の科学者および研究施設は動員されな
   かった。
 五、生物兵器用病原体として考えられていたのは、ウィルスやリケッチアのほか
   に、腸ーパラチフス、コレラ、赤痢、炭疽、鼻疽、ペスト、破傷風それにガス壊
   疽の病原体であった。野外実験に使われたのは病原性のない菌と、人獣共
   通の病原体、すなわち炭疽菌と鼻疽菌の二種類に限られていた。
 六、日本が研究していた生物兵器用病原体の散布方法には、爆弾、砲弾、飛行
   機からの噴霧、および謀略的手段があった。病原体の効果的な散布手段開
   発の中心が爆弾の開発であったことは明らかである。そのため1940年まで
   に飛行機から投下する爆弾が9種類開発され、試験された。その中には地面
   を汚染するもの細菌の雲を作るもの、それと破片による傷口から感染を起こ
   すための破片爆弾などが含まれていた。

 七、砲弾は多目的用の砲弾を生物兵器散布用に改造したものについて予備的
   な実験が行われただけである。砲弾による散布は実用的ではなかった。飛行
   機からの噴霧も数回の予備的実験の結果同じ結論に到達した。
 八、ハ型爆弾と宇治五〇型爆弾は平房で開発された散布手段の中で最も有効
    なものと考えられていた。両方ともいくつかの大きな欠点があったが、石井
   は爆弾専門家の手でこれらの欠点を直し改良を加えれば、どちらも有効な生
   物兵器となりえた、と信じている。
 九、防疫と濾水の強化が生物戦に対する最も有効な防御策である、と日本は考
   えていた。防疫給水部の各本部、および支部が戦場での伝染病の発見、予
   防、それに流行の制圧の仕事を受け持っていた。憲兵は生物戦発生の可能
   性の調査、証拠の収集、それに謀略工作員の逮捕といった補助的な仕事を
   行った。
 十、日本は生物戦の攻撃面の研究・開発で大きなシンポを達成しているが、結局
   実用的な武器として生物兵器を使用するまでにはいたらなかった。


        結論
 調査担当者の意見は次の通りである──
 一、日本の生物戦研究・準備について、おのおの別個とされる情報源から得られ
   た情報は見事に首尾一貫しており、情報提供者は尋問において明らかにして
   よい情報の量と質を指示されていたように思える。
 二、情報のすべてが記憶にもとづくものとされているのは、すべての記録は陸軍
   省の命令で破棄されたと言われているためである。しかしいくつかの情報、と
   くに爆弾の図面は非常に詳細で、証拠書類が破棄されたという説明には疑問
   がある。
 三、尋問全体を通じて、生物戦における日本の研究・準備、とくに攻撃面の研究・
   開発の規模を小さくみせたいというのが彼らの願望であることは明白である。
 四、軍だけで生物兵器の研究・開発をし、民間の科学力を全面的に動員しなかっ
   たことは、軍の各部門との協力を欠いたことと相まって、生物兵器を実用的な
   武器として開発するうえで障害となった。
 五、生物兵器が実用化されていても、日本がそれを使ったとは思えない。すなわ
   ち彼らは化学兵器による報復を恐れていた。知りえたかぎりでは、日本はアメ
   リカの生物戦研究・準備についてなんの情報ももっていなかった。

 
    http://www15.ocn.ne.jp/~hide20/ に投稿記事一覧表があります。
一部漢数字をアラビア数字に換えたり、読点を省略または追加したりしています。
 

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