目覚めた時、まず見えたのは天井だった。
遠藤は自分がなぜここにいるのか、一体ここはどこなのかと考えるより先に、
耳元に刺さる甲高い声で我に返った。
「ああっ!気がついた!!」
遠藤が思わず起き上がると、品川さんが彼に向かって走り寄り抱きついた。
涙をボロボロと流している。
「うわぁぁん遠藤くーん!」 「うわっ何だ?!は、離せ!!」
その光景に木口さんはハンカチで涙を拭い、雪は笑顔で拍手する。
遠藤が彼女を振り払おうと大きく動くと、後頭部に鋭い痛みが走った。思わず頭を抱えてうずくまる。
「どうなってんだ‥どうして頭が‥」
そう口にした遠藤に、木口さんがテキパキと説明を始めた。
出血は大分あったけれど、傷自体はあまり深くないこと。けれど脳震盪は経過を見ることが大事なので、
最低二日間は入院して様子を見ること‥。
ハキハキと話す木口さんの隣で、品川さんがパジャマを広げる。
着替えましょうね~とハートを飛ばす彼女に、遠藤が「やめろ」と怒鳴ったりして、病室はワイワイと賑やかだ。
不意に病室のドアがノックされたことに、雪が気がついた。
扉が開き、一人の男性が入って来た。先ほど亮に尋問をしていた、あの刑事だった。
刑事さん‥と雪が口を開くと、病室内の空気が緊迫した。
刑事は遠藤に聞きたいことがあるからと、雪達を退室させた。
病室の前で、雪達三人はヤキモキする。
中でも品川さんは壁に耳を付けて、会話の盗み聞きを試みたりしていた。
品川さんは、遠藤を暴行した犯人に対してプリプリと怒っている。
しかし雪は彼女のように感情的になるより前の段階‥つまり次々と起こる出来事をまだ把握出来ないでいた。
刑事さんに警察署に、暴行事件に病院送りって‥。
こんなことテレビの世界だけだと思ってたのに‥。しかも家の近所で‥。
これほど波乱に富んだ夏休みを、誰が想像出来ただろうか。雪は運命が引き起こす多事多難に、一人思いを馳せた。
遠藤さんに隣のおじさんに、河村さんまで一斉に‥。
いきなり周りであれやこれや起こるもんだから、どこにどう気を向けるべきか分かんなくなるよ‥
ただでさえ些細な事や他人の目などが過度に気になってしまう性格なのに、
ここまで色々なことが起きてはもうお手上げである。雪は整理できない頭を抱え、溜息を吐いた‥。
「盗まれた物がない、と?」
刑事は遠藤の所持品のチェックを彼とした後、疑念を含んだ口調でそう言った。
遠藤は今一度ポケットを探る。
「あ」
するとある物が失くなっていることに気がついた。
秀紀の家の鍵である。
「友達の‥家の鍵がありません」
そう言った遠藤に、刑事は”秀紀”の名前を出した。
そちらはただ今勾留中だが、遠藤はまだそのことを知らない。
「近頃喧嘩をしただとか、恨みを買うような出来事だとかはありませんでしたか?」
刑事は暴行事件の犯人の線でも、やはり秀紀を疑っていた。
しかし遠藤にとっては秀紀の名前が出てくること自体信じがたく、その質問の意図も汲み取れないでいた。
「一体何が‥」
この後刑事から聞かされた話は、遠藤の想像を遥かに超える出来事だった。
物事の分別もつかないくらいに、遠藤の気は動転することになる‥・
一方雪は、廊下の片隅で電話を掛けているところだった。
電話は繋がり、「あ、雪ちゃん。仕事中?」と先輩の声がする。
雪は落ち着いて、事の成り行きを説明し始めた。まずは先輩と知り合いの、隣のおじさんのことからだ。
「先輩と親しい仲のあの‥お兄さん?つまり私の隣のおじさんのことなんですが、
あのおじさん、今警察署に居るんです」
先輩の驚く声が聞こえる。「どうして?」という彼の問いに、雪は説明を続けた。
隣に住む秀紀の家から女物の下着が沢山見つかったこと、それを受けて警察署に行かなければいけなくなったこと‥。
「おじさん、相当悔しがってました‥」
電話越しの先輩は、秀紀のことに特に触れることはなく、雪の家の近所が物騒なことを憂いていた。
「雪ちゃんは大丈夫?問題ないの?」と問いかける。
「あ、はい。私は先輩と一緒でしたし‥」
でもおじさんがどうなるか‥と雪が続けようとすると、先輩は冷静に口を開いた。
「現場で下着が出てきたんじゃしょうがないよ」
先輩は、秀紀兄さんが無実ならばすぐに釈放されるだろうから心配いらない、と言った。
しかし雪は釈然とせず、近所の人達が秀紀に対して不利な証言をするのだと尚も話を続ける。
すると先輩は、ピッと線を引くような、境界を隔てるような言葉を発した。
「雪ちゃん、秀紀兄さんのことは俺らがこうして話し合ったところで解決することじゃない。
まずは待ってみよう」
はい‥と答えながらも、雪は何か煮え切らない思いが胸に残った。
昨日一緒に飲んだ時、先輩と隣のおじさんは幼馴染だと言ってなかったか。
普通そんな仲なら心配するはずだが‥。雪にとっての幼馴染‥小西恵にもしあらぬ疑いがかけられたとしたら、
きっと雪は黙っていられないだろう。先輩が先ほど言ったような言葉など、とてもじゃないが考えつかないだろう‥。
私が出しゃばり過ぎなのか‥?でもそれなりに親しいお隣さんだし‥
雪が悶々と考えていると、先輩は雪が物騒な地域に一人で住んでいることを心配した。
早く部屋を出たほうがいい、という言葉に、雪は忘れていたもう一つの事件を思い出した。
「そうだ!暴行事件の被害者、遠藤さんだったんです!それで私も今、病院に来てるんです!」
雪は遠藤さんの容態について説明した。
後頭部に怪我をしたが、幸いにも軽症だったと。
「そっか‥。軽い怪我で済んだなら良かったよ」
先輩の言葉に雪が同意する。
そのままお互い何も言葉を紡がなかったので、暫し二人の間には沈黙が落ちた。
「‥‥‥‥」
この後、先輩が「とにかく明日は学校に行くつもりだから」と言ったのだが、
雪は電話どころではなくなった。
バタバタと大きな足音が病室から聞こえてきたかと思うと、凄い勢いで遠藤が出て来たのだ。
「キャッ?!」
突然の出来事に、思わず品川さんが声を上げる。
看護師が廊下に出て来た遠藤に、まだ安静が必要だと訴えたが彼は聞く耳を持たなかった。
全速力で、廊下を走り去っていく。
「遠藤くん?!どこ行くの~?!」
「え、遠藤さん?!」
品川さんが、廊下の先に居た雪に「遠藤くんを捕まえて!」と声を上げたが、
雪がアタフタしている間に遠藤は風のように通り過ぎて行った。
その騒動の中で、雪は咄嗟に先輩との電話を切る。
淳は突然終了した通話に、不思議そうな顔で携帯電話を見つめていた‥。
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<問題発生>でした。
あれ?雪が着てるTシャツって‥。
コレとか‥
コレ‥
じゃない!丸首だ!!色も若干緑が強いですね。
似たような服結構持ってるんですね、雪ちゃん‥。
さて先輩と雪との会話、噛み合わないですね~。この淳のスーパークールな対応からの、次回の彼と父親との会話、
そして父親の回想へと話が進みます。
次回は<父親の見解>です。
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