雪が淳の前から去ってから、彼は携帯電話を取り出して着信ボタンを押した。
着信音を聞きながら、唇を噛み締める。

心の海は波立ち、揺れ、抑えようのない怒りや、悔しさや、そして哀しみが混沌とその感情を支配する。
「‥素直になろうと思って‥言ったのに‥」

誤魔化すことも、隠すことも、止めようと思った。
真実をありのまま、自らをあるがまま、淳は差し出したつもりだった。

けれど‥。
その方がおかしいです!

なぜ理解しない?
なぜ分からない?
「どうして‥」

絞り出すような声で、淳はそう呟いた。
すると耳元にあてた電話から、着信音が切れて男の声が聞こえた。
躊躇いながら「もしもし‥」と相手が話し出すより先に、淳は口を開いた。
「遠藤さん、今どこですか?」

暫しの沈黙の後、電話は遠藤から秀紀に代わった。
心の中で荒れ狂う海が、彼を彼らの場所へと向かわせる‥。
秀紀は電話先の幼馴染に自らの居場所を教えると、溜息を吐きながら電話を切った。遠藤と顔を見合わせる。
「‥‥‥‥」

遠藤は先ほど知った事実、秀紀と青田淳が顔見知りだということに動揺していた。
秀紀の周りをぐるぐると回りながら、どういう知り合いなんだ、お前に何とか出来るのか、などと矢継ぎ早に問いかけた。

暫し俯いていた秀紀だが、不意に遠藤の肩を掴んだ。目には涙を溜めている。
「修ちゃん!なんでよりによって淳なのよぉ~!ねぇ?!」

秀紀は淳に弱みを握られたら厄介なこと、自分も何回か痛い目を見たことを遠藤にこぼした。
そんな秀紀の姿を前に、遠藤は頭を抱えた。
噂を立てられたら全てが終わる。”助手”の肩書は‥大学院だってどうなるか‥。

遠藤はそうなったら自分だって青田淳の本性をバラす反撃に出ると息巻くが、
そんな手は通用しないと秀紀がたしなめる。
パニックになる遠藤、これからを悲観する秀紀。それでも秀紀の方が幾らか冷静だ。
「落ち着いて。一応淳とは古い知り合いだから、ちゃんとお願いすれば‥」

そこまで言ったところで、背後から突然声がした。
「二人何してるの?」と。
ぎゃあああああ!

彼らは腰を抜かさんばかりに驚いた。
暫し騒いでいた二人だが、淳の表情を見て黙らざるを得なかった。

何も言わずとも伝わる嫌厭。
空気を張り詰めさせる、圧倒的な威圧感。
淳を見上げながら、遠藤と秀紀は顔面蒼白になった。

暫し三人の間には沈黙が落ちていたが、覚悟を決めた秀紀が顔を上げ、淳に向かって言葉を掛けた。
「ハハ!早く着いたな!久しぶり~!って昨日ぶりか?」

淳は何も言わないが、続けて秀紀は彼に遠藤との関係を紹介し始める。
「お前知らなかったダロ?こちら友達の遠藤修くん。俺とはスッゲ~特別な仲なわけ」

かなりキャラが変わっている‥。
遠藤は秀紀の後ろで大人しく説明を聞いていたが、不意に顔を上げて驚いた。
ギャアアッ!

淳が瞬きもしないまま、遠藤の方をじっと見つめているのだ。
遠藤は心の中で悲鳴を上げ、思わず再び下を向いた。
「遠藤さん」

ビクッと、遠藤の体が震える。しかし青田淳は言葉を続ける。
話があるんですが、と。

淳の冷静な口調を前に、遠藤は背筋が凍った。
レポートを始末させられた時に見せたあの視線が、脳裏に蘇る。

瞳の中に広がる闇に、飲み込まれてしまいそうなあの恐怖。
依然として顔は上げられないままだが、きっと今自分はあの時と、同じ視線で射られている。

遠藤は自らを奮い立たせるように、唇を噛んだ。
そして大きな声で淳に食って掛かった。俺にだって言いたいことがある、と。
「そうさ、俺は泥棒だよ!」

遠藤はずっと感じていたことを、感情のままに吐露をし始めた。

青田淳のカードを盗んだことが彼にバレた時、蔑むような視線で彼は遠藤を見下ろした後、金は要らないと言った。
しかし暫くして彼は遠藤を脅迫してきた。自身のレポートを始末することを、遠藤の責任で全てまかなってくれと。

それから遠藤は”全体首席のレポートを紛失した無能な助手”としてあらゆる人々から後ろ指を刺された。
学生からも叩かれ、教授たちからも失望され、この半年間ずっと針の筵の中を生きていた。
一体いつまでこの地獄が続くのか。一体どこまで、この暗闇は広がっているのか‥。
ずっとそう思っていた。遠藤の吐露は、血を吐くようなそれだった。

遠藤は声を荒げた。自らを奮い立たせ、必死に恐怖と戦いながら。
「お前はまだ俺のこといたぶり足りないってのかよ?!ええ?!」

そこまで一息で捲し立てると、遠藤は俯いて息を吐いた。ぜぇぜぇと喘鳴がする。
淳は眉一つ動かさず遠藤の吐露を聞いていたが、不意に一つ息を吐くと静かに口を開いた。
「‥図々しいにも程がある」

遠藤の顔が上がる。
そのまま淳は遠藤に近づき始めた。ヒタヒタと足音も立てずに。
「間違っているのは全部自分なのに、何を喚いて‥」

そう言いながら、淳は遠藤に向かって手を伸ばす。
彼を見る目つきが尋常では無かった。

そこに危険を感じ、秀紀は遠藤の前に躍り出た。両手を広げ、彼を守るようにして。
「まままま待てっ!どうどう、淳!リラックスリラックス~!」

秀紀は出来るだけ明るく笑って見せた。
そんな興奮しないで話し合いで解決しよう、と言って、この場の雰囲気をほぐしながら。

しかし淳は尚も遠藤に近付く。秀紀をすり抜けて彼に向かう淳の前に、再び秀紀が立ちはだかった。
「修くんは今日病院行ってきたんだよ!ほら見ろ後頭部!大怪我だろ!」

「興奮させちゃダメ‥」という秀紀の言葉も虚しく、淳は遠藤の前に立った。
「させないよ、どいて」

顔を青くする秀紀の前で、遠藤の目の前で、淳は佇んだ。
そしてそのまま至近距離で遠藤を俯瞰する。

淳の、心の中の海が決壊する。
程度の線を、超えてはいけない線を踏んでしまったこの男に、その罪の重さを教えてやる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<三つ巴>でした。
本音を語らない淳が、前回雪に対しては素直になろうとしました。
しかし受け入れてもらえず、いつもの「過去を見ないふり」をしても雪をつなぎ止めることは出来ず‥。
そうなった原因を、その怒りの矛先を、淳は遠藤さんに向かわせます。
罪は罪で償う、という考えを持った淳は、遠藤さんがそれによって苦しんでいるのを吐露した時、「図々しい」と言い放ちました。
ここのあたりに「青田淳イズム」を感じますね。今は怒っていて理性のタガがゆるくなっているので顕著にそれを見ることが出来ます。
ということで、青田淳という人間の本質をよく見れる回となっております。
さて、次回は<崩れゆく指標>なのですが、実は明日当ブログが開設200日を迎えます!
ので、通常の記事はお休みにさせて下さいませ m(__)m
ちょっと違うものをアップします~ご容赦を~!
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着信音を聞きながら、唇を噛み締める。

心の海は波立ち、揺れ、抑えようのない怒りや、悔しさや、そして哀しみが混沌とその感情を支配する。
「‥素直になろうと思って‥言ったのに‥」

誤魔化すことも、隠すことも、止めようと思った。
真実をありのまま、自らをあるがまま、淳は差し出したつもりだった。

けれど‥。
その方がおかしいです!

なぜ理解しない?
なぜ分からない?
「どうして‥」

絞り出すような声で、淳はそう呟いた。
すると耳元にあてた電話から、着信音が切れて男の声が聞こえた。
躊躇いながら「もしもし‥」と相手が話し出すより先に、淳は口を開いた。
「遠藤さん、今どこですか?」

暫しの沈黙の後、電話は遠藤から秀紀に代わった。
心の中で荒れ狂う海が、彼を彼らの場所へと向かわせる‥。
秀紀は電話先の幼馴染に自らの居場所を教えると、溜息を吐きながら電話を切った。遠藤と顔を見合わせる。
「‥‥‥‥」

遠藤は先ほど知った事実、秀紀と青田淳が顔見知りだということに動揺していた。
秀紀の周りをぐるぐると回りながら、どういう知り合いなんだ、お前に何とか出来るのか、などと矢継ぎ早に問いかけた。

暫し俯いていた秀紀だが、不意に遠藤の肩を掴んだ。目には涙を溜めている。
「修ちゃん!なんでよりによって淳なのよぉ~!ねぇ?!」

秀紀は淳に弱みを握られたら厄介なこと、自分も何回か痛い目を見たことを遠藤にこぼした。
そんな秀紀の姿を前に、遠藤は頭を抱えた。
噂を立てられたら全てが終わる。”助手”の肩書は‥大学院だってどうなるか‥。

遠藤はそうなったら自分だって青田淳の本性をバラす反撃に出ると息巻くが、
そんな手は通用しないと秀紀がたしなめる。
パニックになる遠藤、これからを悲観する秀紀。それでも秀紀の方が幾らか冷静だ。
「落ち着いて。一応淳とは古い知り合いだから、ちゃんとお願いすれば‥」

そこまで言ったところで、背後から突然声がした。
「二人何してるの?」と。
ぎゃあああああ!

彼らは腰を抜かさんばかりに驚いた。
暫し騒いでいた二人だが、淳の表情を見て黙らざるを得なかった。

何も言わずとも伝わる嫌厭。
空気を張り詰めさせる、圧倒的な威圧感。
淳を見上げながら、遠藤と秀紀は顔面蒼白になった。

暫し三人の間には沈黙が落ちていたが、覚悟を決めた秀紀が顔を上げ、淳に向かって言葉を掛けた。
「ハハ!早く着いたな!久しぶり~!って昨日ぶりか?」

淳は何も言わないが、続けて秀紀は彼に遠藤との関係を紹介し始める。
「お前知らなかったダロ?こちら友達の遠藤修くん。俺とはスッゲ~特別な仲なわけ」

かなりキャラが変わっている‥。
遠藤は秀紀の後ろで大人しく説明を聞いていたが、不意に顔を上げて驚いた。
ギャアアッ!

淳が瞬きもしないまま、遠藤の方をじっと見つめているのだ。
遠藤は心の中で悲鳴を上げ、思わず再び下を向いた。
「遠藤さん」

ビクッと、遠藤の体が震える。しかし青田淳は言葉を続ける。
話があるんですが、と。

淳の冷静な口調を前に、遠藤は背筋が凍った。
レポートを始末させられた時に見せたあの視線が、脳裏に蘇る。

瞳の中に広がる闇に、飲み込まれてしまいそうなあの恐怖。
依然として顔は上げられないままだが、きっと今自分はあの時と、同じ視線で射られている。

遠藤は自らを奮い立たせるように、唇を噛んだ。
そして大きな声で淳に食って掛かった。俺にだって言いたいことがある、と。
「そうさ、俺は泥棒だよ!」

遠藤はずっと感じていたことを、感情のままに吐露をし始めた。

青田淳のカードを盗んだことが彼にバレた時、蔑むような視線で彼は遠藤を見下ろした後、金は要らないと言った。
しかし暫くして彼は遠藤を脅迫してきた。自身のレポートを始末することを、遠藤の責任で全てまかなってくれと。

それから遠藤は”全体首席のレポートを紛失した無能な助手”としてあらゆる人々から後ろ指を刺された。
学生からも叩かれ、教授たちからも失望され、この半年間ずっと針の筵の中を生きていた。
一体いつまでこの地獄が続くのか。一体どこまで、この暗闇は広がっているのか‥。
ずっとそう思っていた。遠藤の吐露は、血を吐くようなそれだった。

遠藤は声を荒げた。自らを奮い立たせ、必死に恐怖と戦いながら。
「お前はまだ俺のこといたぶり足りないってのかよ?!ええ?!」

そこまで一息で捲し立てると、遠藤は俯いて息を吐いた。ぜぇぜぇと喘鳴がする。
淳は眉一つ動かさず遠藤の吐露を聞いていたが、不意に一つ息を吐くと静かに口を開いた。
「‥図々しいにも程がある」

遠藤の顔が上がる。
そのまま淳は遠藤に近づき始めた。ヒタヒタと足音も立てずに。
「間違っているのは全部自分なのに、何を喚いて‥」

そう言いながら、淳は遠藤に向かって手を伸ばす。
彼を見る目つきが尋常では無かった。

そこに危険を感じ、秀紀は遠藤の前に躍り出た。両手を広げ、彼を守るようにして。
「まままま待てっ!どうどう、淳!リラックスリラックス~!」

秀紀は出来るだけ明るく笑って見せた。
そんな興奮しないで話し合いで解決しよう、と言って、この場の雰囲気をほぐしながら。

しかし淳は尚も遠藤に近付く。秀紀をすり抜けて彼に向かう淳の前に、再び秀紀が立ちはだかった。
「修くんは今日病院行ってきたんだよ!ほら見ろ後頭部!大怪我だろ!」

「興奮させちゃダメ‥」という秀紀の言葉も虚しく、淳は遠藤の前に立った。
「させないよ、どいて」

顔を青くする秀紀の前で、遠藤の目の前で、淳は佇んだ。
そしてそのまま至近距離で遠藤を俯瞰する。

淳の、心の中の海が決壊する。
程度の線を、超えてはいけない線を踏んでしまったこの男に、その罪の重さを教えてやる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<三つ巴>でした。
本音を語らない淳が、前回雪に対しては素直になろうとしました。
しかし受け入れてもらえず、いつもの「過去を見ないふり」をしても雪をつなぎ止めることは出来ず‥。
そうなった原因を、その怒りの矛先を、淳は遠藤さんに向かわせます。
罪は罪で償う、という考えを持った淳は、遠藤さんがそれによって苦しんでいるのを吐露した時、「図々しい」と言い放ちました。
ここのあたりに「青田淳イズム」を感じますね。今は怒っていて理性のタガがゆるくなっているので顕著にそれを見ることが出来ます。
ということで、青田淳という人間の本質をよく見れる回となっております。
さて、次回は<崩れゆく指標>なのですが、実は明日当ブログが開設200日を迎えます!
ので、通常の記事はお休みにさせて下さいませ m(__)m
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