秀紀に向かって、淳は「一体どうしてそんな風になってしまったんだ」と叫んだ。
思わず二人は息を飲む。
青田淳のそんな姿など、およそ目にしたことが無かった。
淳は遠藤と秀紀を睨みながら、凄まじい形相で言葉を続けた。
「兄さんが‥!誰より現実的だった兄さんが!あんなにでかい口叩いてたくせに!」
顔を青くして後退る二人も構わずに、淳は溢れる怒りをぶつけ続けた。
「結局こんなザマかよ?今の状態分かってんの?!遠藤さんに全て台無しにされたんだぜ?!」
「兄さんの人生も!」
「今の俺の状況も!」
「俺にあんな風に言っておいて、自分のしてることは一体何だよ!」
怒りを露わにして叫び続ける淳に、遠藤も秀紀も圧倒されていた。
なりふり構わないその姿は、いつもの冷静沈着な彼のイメージとはかけ離れていた。
心の海が決壊し、その扉のタガが外れて感情が溢れ出る。
なだれ落ちる理性に、淳は振り回されていた。
「こんなのありえない。こんなの間違ってる。全部滅茶苦茶だよ」
内省するように淳は呟いた。
暗く密やかな場所に一人取り残された、まだ子供の彼がそこで立ち竦んでいる。
指標を失ったその子供は、地団駄を踏みながら今の状況に苛立っていた。
自分の思い通りにならない現実を、信じていたものの崩落を、彼は受け入れることが出来なかった。
「あんたのせいだ‥」
それは誰かのせいだと、その子は決定付けた。
視線の先に、あの人間が居る。
遠藤がビクッと体を揺らした。
自分を見つめる淳の瞳が、尋常でない視線を彼に絡ませる。
ゆっくりと淳は遠藤に近づいた。その手を彼の方に伸ばしながら。
「全部‥全部あんたが‥雪に‥」
遠藤が後退りするより早く、秀紀が淳の体を押さえつけて止めた。
「淳っ!お、落ち着け!落ち着いてくれ、頼むから!修くんに何するつもりだよ!」
離せ、と言って淳は秀紀の腕を振り払おうとした。
しかし秀紀は必死になって彼を押し留める。
「なぁ‥なぁってば!謝る立場のくせに喚き散らしてごめん。俺が悪かった!」
秀紀は彼を宥めるように、優しく淳に声を掛けた。
本当にごめん本当にごめんと、秀紀は何度も言った。ひたすら腰を低くして彼を窺う。
「俺が代わりに何でもするから‥ど、土下座するか?そしたら少しは気が済むか?」
遠藤は呆然としながら、秀紀が謝る姿を見ていた。
何度も淳に向かって頭を下げ、懇願し、機嫌を取ろうとするその情けない姿を。
「ほら、俺ら昔すごい仲良かったろ?幼馴染に免じて今回だけどうか‥な?頼むよ。
今回だけ許してくれよ‥」
「な?」
遠藤は、そんな秀紀の姿が堪らなかった。
自分を庇い、ここまで情けない姿を晒している彼が、愛おしくてしょうがなかった。
自分に持てない強さを、彼は持っている。
愛情のために、大切な人のために自らを犠牲に出来る優しさを、彼は持っている。
遠藤は涙を流しながら、秀紀に向かって「もういい‥」と言った。
俯きながら掠れた声で、嗚咽を押し殺しながら。
「もう止めて‥止めてくれ‥。そんなことするな‥」
秀紀が遠藤の肩を抱き、その背中を擦る。
二人は傷つき合ったつがいのように、互いの傷をなめ合った。
淳は二人から目を逸らすと、急激に感情が冷えていくのを感じた。
潮が干いていく。心の海が、水位を下げていく。
淳は冷めた気持ちのまま、二人の方を眺めてみた。
秀紀は、立派だったかつての「兄さん」は、もうただの負け犬に見えた。
こんな負け犬に、労力使って何になる?
淳は侮蔑を孕んだ視線で、この惨めたらしい二人を俯瞰した。
「いいよ」と淳は一言口にした。
思わず秀紀の顔が上がる。
淳は秀紀の懇願を受け入れたが、「ただし」と前置きして交換条件を二つ提示した。
「こういうの二度と俺に見せないで欲しい。それと、家に帰ること」
秀紀は二つ目の条件に対して、声を上げた。
「えっ?!」
なぜ、という秀紀の問いに、淳は「雪にもこういう二人の姿を見せたくないから」と答えた。
でなければ、と淳は更に秀紀に対してその交換条件を飲むよう仕向ける。
「俺が兄さんの家に直接話そうか? 今の状況」
相手の弱みを利用して己の欲求を叶える。
幼い頃から身についてきたその術で、淳は秀紀と遠藤を、自分と雪から遠ざけようと画策した。
秀紀は黙り込んだ。
様々な考えが脳裏を巡る。しかし実は心の端でずっと考えていたこと‥実家に帰るという選択肢を、
最終的に秀紀は選ぶことにした。
「分かった」
秀紀の答えに遠藤は驚愕したが、
彼は俯いたまま、その答えを変えることはなかった。
淳は呆れた表情のまま、最後にかつての「兄さん」に向かって口を開いた。
「‥真っ直ぐ歩きなよ、人生」
淳はそう言うなり、背を向けて去って行った。
二人は半ば呆然としながら、その背中が小さくなるまでその場に佇んだ。
後ろ姿が見えなくなると、遠藤は思い出したかのようにカッとして、秀紀に向かって声を荒げた。
「なんだあいつ!何様だよ?!お前もどうして簡単に従っちまうわけ?!お前本気で‥」
遠藤が言葉を続けようとした時、秀紀が優しく肩に手を置いた。
「修ちゃん‥怒らないの」
秀紀の表情が、それまでの彼とは違っていた。
怒りでも、動揺でも、哀しみともまた違った、その表情。
「あたし達、もう怒るの止めよ‥」
現実を憂うのも、状況から足掻くのも、秀紀は諦めた。
長い暗闇のトンネルを歩き続けることから、彼はリタイヤしたのだ。
遠藤は秀紀の出した結論を知り、俯いた。
そんな彼に、秀紀は優しく言葉を掛ける。
「今日もう疲れたでしょ?」
そう言って微笑む彼が、優しければ優しいほど堪らなかった。
遠藤は堪えきれず、涙が溢れてくるのを感じた。
帰ろう、と言って秀紀は遠藤の背中に手を回した。
「遠回りして帰ろ」
秀紀の瞳から、涙が零れ落ちた。
二人はもう知っていた。家へ帰ったら、話合いが済んだら、二人の関係が終わるということを。
今はせめて遠回りして、優しい時間を分かち合っていたい。
後から後から流れ出る涙が、目の前を霞ませて前が見えない。
‥その方が良い。
時を止めて、このまま一緒に居られたなら‥。
そんなささやかな願いが、叶うのならば‥。
遠藤と秀紀は、泣きながら並んで歩いた。
時が止まればと願うのに、無常にも日は暮れていく。
いつしか空には夜の帳が落ち、暗く寂しい時間がやって来る‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<彼の本性>でした。
青田淳の本音、というか本性が垣間見えた回でしたね。
地団駄を踏んで「ヤダヤダ」言う子供のようでした、先輩。
そして記事を書くうち、遠藤さんと秀紀兄さんに感情移入して本当切なかった‥!(T T)
秀紀兄さんは本当に器の大きな人です。一見遠藤さんの方がリードしている関係のように見えますが、
実は秀紀兄さんが感情の起伏の激しい遠藤さんを常に寛容して来たんですよね。
今回も自分の感情のままに淳に食って掛かる遠藤さんと、遠藤さんの為に何度も頭を下げる秀紀兄さんは、
見ていて対照的だなぁと思いました。
さて、本家版連載再開されましたね!もういきなりの大波乱で心臓持ちませんでした‥。(@@;)来週が気になるー!
次回は<彼女の本音>です。
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思わず二人は息を飲む。
青田淳のそんな姿など、およそ目にしたことが無かった。
淳は遠藤と秀紀を睨みながら、凄まじい形相で言葉を続けた。
「兄さんが‥!誰より現実的だった兄さんが!あんなにでかい口叩いてたくせに!」
顔を青くして後退る二人も構わずに、淳は溢れる怒りをぶつけ続けた。
「結局こんなザマかよ?今の状態分かってんの?!遠藤さんに全て台無しにされたんだぜ?!」
「兄さんの人生も!」
「今の俺の状況も!」
「俺にあんな風に言っておいて、自分のしてることは一体何だよ!」
怒りを露わにして叫び続ける淳に、遠藤も秀紀も圧倒されていた。
なりふり構わないその姿は、いつもの冷静沈着な彼のイメージとはかけ離れていた。
心の海が決壊し、その扉のタガが外れて感情が溢れ出る。
なだれ落ちる理性に、淳は振り回されていた。
「こんなのありえない。こんなの間違ってる。全部滅茶苦茶だよ」
内省するように淳は呟いた。
暗く密やかな場所に一人取り残された、まだ子供の彼がそこで立ち竦んでいる。
指標を失ったその子供は、地団駄を踏みながら今の状況に苛立っていた。
自分の思い通りにならない現実を、信じていたものの崩落を、彼は受け入れることが出来なかった。
「あんたのせいだ‥」
それは誰かのせいだと、その子は決定付けた。
視線の先に、あの人間が居る。
遠藤がビクッと体を揺らした。
自分を見つめる淳の瞳が、尋常でない視線を彼に絡ませる。
ゆっくりと淳は遠藤に近づいた。その手を彼の方に伸ばしながら。
「全部‥全部あんたが‥雪に‥」
遠藤が後退りするより早く、秀紀が淳の体を押さえつけて止めた。
「淳っ!お、落ち着け!落ち着いてくれ、頼むから!修くんに何するつもりだよ!」
離せ、と言って淳は秀紀の腕を振り払おうとした。
しかし秀紀は必死になって彼を押し留める。
「なぁ‥なぁってば!謝る立場のくせに喚き散らしてごめん。俺が悪かった!」
秀紀は彼を宥めるように、優しく淳に声を掛けた。
本当にごめん本当にごめんと、秀紀は何度も言った。ひたすら腰を低くして彼を窺う。
「俺が代わりに何でもするから‥ど、土下座するか?そしたら少しは気が済むか?」
遠藤は呆然としながら、秀紀が謝る姿を見ていた。
何度も淳に向かって頭を下げ、懇願し、機嫌を取ろうとするその情けない姿を。
「ほら、俺ら昔すごい仲良かったろ?幼馴染に免じて今回だけどうか‥な?頼むよ。
今回だけ許してくれよ‥」
「な?」
遠藤は、そんな秀紀の姿が堪らなかった。
自分を庇い、ここまで情けない姿を晒している彼が、愛おしくてしょうがなかった。
自分に持てない強さを、彼は持っている。
愛情のために、大切な人のために自らを犠牲に出来る優しさを、彼は持っている。
遠藤は涙を流しながら、秀紀に向かって「もういい‥」と言った。
俯きながら掠れた声で、嗚咽を押し殺しながら。
「もう止めて‥止めてくれ‥。そんなことするな‥」
秀紀が遠藤の肩を抱き、その背中を擦る。
二人は傷つき合ったつがいのように、互いの傷をなめ合った。
淳は二人から目を逸らすと、急激に感情が冷えていくのを感じた。
潮が干いていく。心の海が、水位を下げていく。
淳は冷めた気持ちのまま、二人の方を眺めてみた。
秀紀は、立派だったかつての「兄さん」は、もうただの負け犬に見えた。
こんな負け犬に、労力使って何になる?
淳は侮蔑を孕んだ視線で、この惨めたらしい二人を俯瞰した。
「いいよ」と淳は一言口にした。
思わず秀紀の顔が上がる。
淳は秀紀の懇願を受け入れたが、「ただし」と前置きして交換条件を二つ提示した。
「こういうの二度と俺に見せないで欲しい。それと、家に帰ること」
秀紀は二つ目の条件に対して、声を上げた。
「えっ?!」
なぜ、という秀紀の問いに、淳は「雪にもこういう二人の姿を見せたくないから」と答えた。
でなければ、と淳は更に秀紀に対してその交換条件を飲むよう仕向ける。
「俺が兄さんの家に直接話そうか? 今の状況」
相手の弱みを利用して己の欲求を叶える。
幼い頃から身についてきたその術で、淳は秀紀と遠藤を、自分と雪から遠ざけようと画策した。
秀紀は黙り込んだ。
様々な考えが脳裏を巡る。しかし実は心の端でずっと考えていたこと‥実家に帰るという選択肢を、
最終的に秀紀は選ぶことにした。
「分かった」
秀紀の答えに遠藤は驚愕したが、
彼は俯いたまま、その答えを変えることはなかった。
淳は呆れた表情のまま、最後にかつての「兄さん」に向かって口を開いた。
「‥真っ直ぐ歩きなよ、人生」
淳はそう言うなり、背を向けて去って行った。
二人は半ば呆然としながら、その背中が小さくなるまでその場に佇んだ。
後ろ姿が見えなくなると、遠藤は思い出したかのようにカッとして、秀紀に向かって声を荒げた。
「なんだあいつ!何様だよ?!お前もどうして簡単に従っちまうわけ?!お前本気で‥」
遠藤が言葉を続けようとした時、秀紀が優しく肩に手を置いた。
「修ちゃん‥怒らないの」
秀紀の表情が、それまでの彼とは違っていた。
怒りでも、動揺でも、哀しみともまた違った、その表情。
「あたし達、もう怒るの止めよ‥」
現実を憂うのも、状況から足掻くのも、秀紀は諦めた。
長い暗闇のトンネルを歩き続けることから、彼はリタイヤしたのだ。
遠藤は秀紀の出した結論を知り、俯いた。
そんな彼に、秀紀は優しく言葉を掛ける。
「今日もう疲れたでしょ?」
そう言って微笑む彼が、優しければ優しいほど堪らなかった。
遠藤は堪えきれず、涙が溢れてくるのを感じた。
帰ろう、と言って秀紀は遠藤の背中に手を回した。
「遠回りして帰ろ」
秀紀の瞳から、涙が零れ落ちた。
二人はもう知っていた。家へ帰ったら、話合いが済んだら、二人の関係が終わるということを。
今はせめて遠回りして、優しい時間を分かち合っていたい。
後から後から流れ出る涙が、目の前を霞ませて前が見えない。
‥その方が良い。
時を止めて、このまま一緒に居られたなら‥。
そんなささやかな願いが、叶うのならば‥。
遠藤と秀紀は、泣きながら並んで歩いた。
時が止まればと願うのに、無常にも日は暮れていく。
いつしか空には夜の帳が落ち、暗く寂しい時間がやって来る‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<彼の本性>でした。
青田淳の本音、というか本性が垣間見えた回でしたね。
地団駄を踏んで「ヤダヤダ」言う子供のようでした、先輩。
そして記事を書くうち、遠藤さんと秀紀兄さんに感情移入して本当切なかった‥!(T T)
秀紀兄さんは本当に器の大きな人です。一見遠藤さんの方がリードしている関係のように見えますが、
実は秀紀兄さんが感情の起伏の激しい遠藤さんを常に寛容して来たんですよね。
今回も自分の感情のままに淳に食って掛かる遠藤さんと、遠藤さんの為に何度も頭を下げる秀紀兄さんは、
見ていて対照的だなぁと思いました。
さて、本家版連載再開されましたね!もういきなりの大波乱で心臓持ちませんでした‥。(@@;)来週が気になるー!
次回は<彼女の本音>です。
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