「えっ?」

レポートを捨てたことを認めた淳の答えに、思わず雪は声を上げた。
「事実なんですか?本当に?」

身を乗り出して彼に詰め寄る。
なぜ、と言う彼女からの問いを前に、淳はこめかみを押さえながら暫し思案した。

遠藤から事実は既に伝わってしまった。
ここは正直に、ことの成り行きを説明するのが最良だろう‥。
淳は彼女の方を見ながら、口を開いた。
「雪ちゃんが、休学するって聞いたから」

淳の真っ直ぐな眼差しと告げられた真実に、雪はハッとしながら話の続きを待った。
「個人的にもレポートの出来が気に入らなくて、提出するときも悩んだんだ。」

「そんな折に雪ちゃんが奨学金の問題で休学するかもって話を聞いて、レポートを捨てることにした」
彼の言葉が、雪にはすんなり飲み込めなかった。
一番疑問だったその質問を、彼に投げかける。
「何言ってるんですか‥あの時私達は会話さえしてなかったじゃないですか?」

淳は彼女の方へ体ごと向き直って答えた。
「俺は親しくなりたかった。だけど雪ちゃんの言う通り、
俺達はまともに会話したことさえ無かっただろう。
互いに誤解もあったし」

「もう少し近づきたかったけど、雪ちゃんは休学の話を出していたし、
助けてあげたかったけど、方法が無かったんだ」

あの先々学期終わりの飲み会で、淳は彼女が休学するという話を耳にした。
離れたテーブルで、目を合わすことも無かった二人。雪の言う通り、あの時二人は何の関わりもなかったのだ。
「突然お金貸しますよなんて言えないし、どうしたって不自然だろう?
奨学金を譲るしか方法が無かったんだけど、雪ちゃんがそのことを知ったら傷つくと思って、
それで隠して来たんだ」

「ごめん」

真実を隠していたことに対して、淳は謝罪した。
彼の言葉を受けて雪は俯き、そんな雪を淳が横目で窺う。

雪はゆっくりと口を開いた。
心の中に広がる海が、やがて来る大津波の前兆のように潮が引いていく。
「じゃあ‥それで‥先輩がレポートを捨てたことで遠藤さんは、
学期中ずっと学生のレポートを紛失した無能な助手になって」

「そして私は、人を脅迫して不当に奨学金を受け取った学生になったってことですよね?」

雪の言葉を聞いて、淳はその予想外の答えに目を丸くした。

雪の顔が怒りに歪んで行く。
彼を凝視する眼差しに、不信の光が宿っていく。

雪は心の海の遠くの方から、大きな波が押し寄せるのを感じていた。
彼への懐疑心がそのスピードを早めていく。
「そういう風に考える必要はない、雪ちゃん」

冷静に言葉を紡ぐ彼とは反対に、雪の感情は昂った。
「なぜですか? 何が違うんですか?」と真っ直ぐ彼を見つめながら、彼の行いを糾問した。
「もっと親しくなりたかったって?誤解を解きたかったって?」

「それなら遅かれ早かれ、まずは会話から始めるべきでしょう!」
淳は雪の名前を口にするが、彼女の主張は止まらなかった。
「話そうともしないで、遠藤さんを使って人を奨学金で縛り付けようとしたんですか?!」

波が押し寄せる。
心の底でずっと思っていたことを、大波は海底から掬い上げる。
「その方がおかしいです。よっぽど!」

淳は雪の口から語られた彼女の本音を、きょとんとした顔で聞いていた。
彼女が怒っている理由が、どこか理解しきれずにいた。

俺は‥と口を開きかけるが、雪の主張は続いた。
「”助ける方法”だなんて、それが本当に配慮だと思いますか?
遠藤さんまで巻き込んで?」

淳は遠藤の名前が出て来たことで、過去の出来事に少し触れた。
「遠藤さんとは前に一悶着あって、俺が何を言っても悪い方に取るんだよ」


遠藤には、カードを盗んだ償いとしてレポートを処分してもらったが、
それは遠藤が犯した罪の対価として、当然の権利だと淳は考えていた。
それは雪への救済も兼ねることが出来る、最良の選択だと。
したがって”遠藤さんまで巻き込んで”という彼女の意見は、彼からしたら的外れな言い分だ。
遠藤はすべきことをしただけであり、そこには淳の考える正当性があった。

しかし彼女は彼に向って言った。
「二人に何があったかは、それは今は関係ありません」と。

彼の正当性は彼女にとって重要ではないと、そう言われたも同然だった。
淳の顔に驚愕の表情が浮かぶ。

その時雪の心の中では大波が押し寄せ、防波堤を決壊させていた。
一番自分が傷ついた問題を、怒りと共に口にする。
「今私にとって重要なのは、結局私が偶然ではなく不当に奨学金を受け取ったということです!」

それこそが、雪の心を大きく揺るがした問題だった。
それは遠藤が関わる云々の問題ではなく、自らの生き方を否定される意味を持っていたからだ。
「‥私は今まで、学費もお小遣いも全て自分で努力して工面して来たんです。
一番だろうと二番だろうと、それが努力の結果ならそれを受け入れて、より一層努力して来ました」

「なのにこれじゃあ、私の努力は一体何だったんですか?」
雪の言葉に、思わず淳は反論した。
「そういう意味じゃないって分かってるだろう?
雪ちゃんが誰よりも努力してることは皆知ってるよ」

しかし淳のフォローは、雪にとって何の意味も持たなかった。
「だから何だって言うんですか?!
結局遠藤さんの言ってたこと全部事実なのに!」

雪の言葉が突き刺さる。
自分の言ったことは何も受け入れられない事実に、淳は胸を突かれた。

雪は遠藤の言う通りだったともう一度言った。奨学金もアルバイトも全て自分の努力ではなく、
”デキる彼氏のお陰で簡単に手に入れた”んだと。

淳の心に、徐々に苛立ちが募り始めていた。
「雪、」と彼女の名前を呼び捨てる。

しかし、雪の怒りは尚も収まらなかった。
「本来ならば、それ全部私が自分でやるべきことだったんです。
あえて先輩がレポートを捨てまでして譲ってくれなくても、家庭教師でも何でもバイト探せばどうにか出来たんです。
こんな形で助けて欲しくなかったです!」

雪は俯き不平を言った。
自分の知らない所で、彼の勝手な判断で物事が進んだことに対しての憤りもあった。

彼女を前にして、淳は呆然としていた。
心の中の海が騒ぎ、唇を噛む。

そして考えるより先に、感情が口を吐いて出ていた。
「俺は‥最後のチャンスだと思ったんだ!」

淳の言葉に、虚を突かれた雪が目を丸くする。
そして淳の口から、あの時の思いが語られた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<生き方の否定>でした。
淳がレポートを捨て彼女に奨学金を譲ったことは、その事実以上に雪の心を傷つけることになりました。
なぜなら「努力して得た結果」こそが、雪にとっての「自分の存在意義」だからです。
しかも全体首席、全額奨学金は雪がずっと目指してきたもの。それを遠藤を脅迫した結果与えられたのだと知った彼女は、
怒りと失望と、そして自分の生き方そのものを否定されているようで、心はズタズタです‥。
その内情を知らない淳は、雪がなぜこれほどまでに怒るのかが今いち理解出来ずにいます。
そして自分の話すこと話すこと否定し、信用しない雪に次第に苛立っていくんですね。
さて次回は<彼の言い分>です。
波乱はまだまだ続きますね~
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レポートを捨てたことを認めた淳の答えに、思わず雪は声を上げた。
「事実なんですか?本当に?」

身を乗り出して彼に詰め寄る。
なぜ、と言う彼女からの問いを前に、淳はこめかみを押さえながら暫し思案した。

遠藤から事実は既に伝わってしまった。
ここは正直に、ことの成り行きを説明するのが最良だろう‥。
淳は彼女の方を見ながら、口を開いた。
「雪ちゃんが、休学するって聞いたから」

淳の真っ直ぐな眼差しと告げられた真実に、雪はハッとしながら話の続きを待った。
「個人的にもレポートの出来が気に入らなくて、提出するときも悩んだんだ。」

「そんな折に雪ちゃんが奨学金の問題で休学するかもって話を聞いて、レポートを捨てることにした」
彼の言葉が、雪にはすんなり飲み込めなかった。
一番疑問だったその質問を、彼に投げかける。
「何言ってるんですか‥あの時私達は会話さえしてなかったじゃないですか?」

淳は彼女の方へ体ごと向き直って答えた。
「俺は親しくなりたかった。だけど雪ちゃんの言う通り、
俺達はまともに会話したことさえ無かっただろう。
互いに誤解もあったし」

「もう少し近づきたかったけど、雪ちゃんは休学の話を出していたし、
助けてあげたかったけど、方法が無かったんだ」


あの先々学期終わりの飲み会で、淳は彼女が休学するという話を耳にした。
離れたテーブルで、目を合わすことも無かった二人。雪の言う通り、あの時二人は何の関わりもなかったのだ。
「突然お金貸しますよなんて言えないし、どうしたって不自然だろう?
奨学金を譲るしか方法が無かったんだけど、雪ちゃんがそのことを知ったら傷つくと思って、
それで隠して来たんだ」

「ごめん」

真実を隠していたことに対して、淳は謝罪した。
彼の言葉を受けて雪は俯き、そんな雪を淳が横目で窺う。


雪はゆっくりと口を開いた。
心の中に広がる海が、やがて来る大津波の前兆のように潮が引いていく。
「じゃあ‥それで‥先輩がレポートを捨てたことで遠藤さんは、
学期中ずっと学生のレポートを紛失した無能な助手になって」

「そして私は、人を脅迫して不当に奨学金を受け取った学生になったってことですよね?」

雪の言葉を聞いて、淳はその予想外の答えに目を丸くした。

雪の顔が怒りに歪んで行く。
彼を凝視する眼差しに、不信の光が宿っていく。

雪は心の海の遠くの方から、大きな波が押し寄せるのを感じていた。
彼への懐疑心がそのスピードを早めていく。
「そういう風に考える必要はない、雪ちゃん」

冷静に言葉を紡ぐ彼とは反対に、雪の感情は昂った。
「なぜですか? 何が違うんですか?」と真っ直ぐ彼を見つめながら、彼の行いを糾問した。
「もっと親しくなりたかったって?誤解を解きたかったって?」

「それなら遅かれ早かれ、まずは会話から始めるべきでしょう!」
淳は雪の名前を口にするが、彼女の主張は止まらなかった。
「話そうともしないで、遠藤さんを使って人を奨学金で縛り付けようとしたんですか?!」

波が押し寄せる。
心の底でずっと思っていたことを、大波は海底から掬い上げる。
「その方がおかしいです。よっぽど!」

淳は雪の口から語られた彼女の本音を、きょとんとした顔で聞いていた。
彼女が怒っている理由が、どこか理解しきれずにいた。

俺は‥と口を開きかけるが、雪の主張は続いた。
「”助ける方法”だなんて、それが本当に配慮だと思いますか?
遠藤さんまで巻き込んで?」

淳は遠藤の名前が出て来たことで、過去の出来事に少し触れた。
「遠藤さんとは前に一悶着あって、俺が何を言っても悪い方に取るんだよ」


遠藤には、カードを盗んだ償いとしてレポートを処分してもらったが、
それは遠藤が犯した罪の対価として、当然の権利だと淳は考えていた。
それは雪への救済も兼ねることが出来る、最良の選択だと。
したがって”遠藤さんまで巻き込んで”という彼女の意見は、彼からしたら的外れな言い分だ。
遠藤はすべきことをしただけであり、そこには淳の考える正当性があった。

しかし彼女は彼に向って言った。
「二人に何があったかは、それは今は関係ありません」と。

彼の正当性は彼女にとって重要ではないと、そう言われたも同然だった。
淳の顔に驚愕の表情が浮かぶ。

その時雪の心の中では大波が押し寄せ、防波堤を決壊させていた。
一番自分が傷ついた問題を、怒りと共に口にする。
「今私にとって重要なのは、結局私が偶然ではなく不当に奨学金を受け取ったということです!」

それこそが、雪の心を大きく揺るがした問題だった。
それは遠藤が関わる云々の問題ではなく、自らの生き方を否定される意味を持っていたからだ。
「‥私は今まで、学費もお小遣いも全て自分で努力して工面して来たんです。
一番だろうと二番だろうと、それが努力の結果ならそれを受け入れて、より一層努力して来ました」

「なのにこれじゃあ、私の努力は一体何だったんですか?」
雪の言葉に、思わず淳は反論した。
「そういう意味じゃないって分かってるだろう?
雪ちゃんが誰よりも努力してることは皆知ってるよ」

しかし淳のフォローは、雪にとって何の意味も持たなかった。
「だから何だって言うんですか?!
結局遠藤さんの言ってたこと全部事実なのに!」

雪の言葉が突き刺さる。
自分の言ったことは何も受け入れられない事実に、淳は胸を突かれた。

雪は遠藤の言う通りだったともう一度言った。奨学金もアルバイトも全て自分の努力ではなく、
”デキる彼氏のお陰で簡単に手に入れた”んだと。

淳の心に、徐々に苛立ちが募り始めていた。
「雪、」と彼女の名前を呼び捨てる。

しかし、雪の怒りは尚も収まらなかった。
「本来ならば、それ全部私が自分でやるべきことだったんです。
あえて先輩がレポートを捨てまでして譲ってくれなくても、家庭教師でも何でもバイト探せばどうにか出来たんです。
こんな形で助けて欲しくなかったです!」

雪は俯き不平を言った。
自分の知らない所で、彼の勝手な判断で物事が進んだことに対しての憤りもあった。

彼女を前にして、淳は呆然としていた。
心の中の海が騒ぎ、唇を噛む。

そして考えるより先に、感情が口を吐いて出ていた。
「俺は‥最後のチャンスだと思ったんだ!」

淳の言葉に、虚を突かれた雪が目を丸くする。
そして淳の口から、あの時の思いが語られた。
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<生き方の否定>でした。
淳がレポートを捨て彼女に奨学金を譲ったことは、その事実以上に雪の心を傷つけることになりました。
なぜなら「努力して得た結果」こそが、雪にとっての「自分の存在意義」だからです。
しかも全体首席、全額奨学金は雪がずっと目指してきたもの。それを遠藤を脅迫した結果与えられたのだと知った彼女は、
怒りと失望と、そして自分の生き方そのものを否定されているようで、心はズタズタです‥。
その内情を知らない淳は、雪がなぜこれほどまでに怒るのかが今いち理解出来ずにいます。
そして自分の話すこと話すこと否定し、信用しない雪に次第に苛立っていくんですね。
さて次回は<彼の言い分>です。
波乱はまだまだ続きますね~
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