
刑事によって連れて来られた警察署にて、秀紀は取り調べを受けているところだった。
秀紀はまず、昨晩の暴行事件の容疑者からは外れることが出来た。雪の証言もさることながら、
居酒屋の従業員からの証言も取れたとのことだった。普段から飲みに通っていた成果が出たようだ‥。
「アリバイは確実にあるにしても‥。証拠があれだけ出て来てしまってはね」

しかし下着泥棒の線では、今や秀紀は最有力の容疑者だった。何と言っても自宅にて女物の下着が大量に見つかったのだ。
秀紀は尚も否定するが、刑事の態度は、彼の言葉を信用していないのは明らかだった。
「それにしても非常に裕福な家の息子さんが、どうしてまた家を出てこんな生活をしてるんです?」

刑事はPCで秀紀のプロフィールを見ながら、素朴な疑問を口にする。
しかし秀紀は俯いたまま、唇を噛み締めた。理由など言えるわけがない。

実家へ連絡するのかと不安そうな秀紀だったが、刑事はそれには取り合わず、引き続き尋問を始めた。
最近は夜の時間帯に何をしていたか、お向かいの女性の部屋を覗いたのは今回が初めてか‥。

近頃はいつも飲み歩いていたので監視カメラでも確認したらいい、と秀紀は答え、
女性宅を覗いていたという事実は尚も否定した。
しかし向かいに座っていた刑事の一人が、秀紀が”近所から不審人物として苦情が上がっていた”という聞き込みの結果を口にする。
その内容は男なのにマニキュアをしているとか、言動や口調に不快感を感じるとか、
秀紀にとっては心外以外の何物でもない意見ばかりだった。
「あーもう!!ここは自由国家じゃなかったの?!何しようがあたしの勝手でしょうが!
じゃああたしみたいな人間はみんな罪を問われるわけ?!何なのよ一体!」

何も悪いことをしているわけじゃないのに、いつも後ろ指をさされ、
ヒソヒソと囁かれ、好奇な目を向けられることに秀紀は怒り心頭だった。
もう一度刑事を真っ向から見つめ、ハッキリと宣言した。
「あたしは変態なんて呼ばれるようなことはしてない!女の下着も盗んだ覚えもない!
泥棒なんてするわけないじゃない!それにあたしはねぇ!女には‥」

そこまで言ったところで、秀紀の口が止まった。
脳裏に、優しく微笑む遠藤修の姿が浮かぶ。

‥言えない。
女に興味が無いということを言ってしまうと、遠藤に繋がっていってしまうおそれがあった。
今の自分とは違い、大きな大学の助手という地位の彼が同性愛者だという噂が広まったら、彼の立場も危うくなる‥。

秀紀はそのまま口を噤み、俯いた。
刑事に続きを促されても、もう何も弁明しなかった。
「‥‥‥‥」

刑事はいきなり押し黙った秀紀を前に、彼の言わんとしていることを推測し、
違う質問をすることにした。昨日の暴行事件の被害者のことだ。
「では、遠藤修さんという方をご存知ですか?」

「えっ?」と声を出し、思わず秀紀が顔を上げる。
続けて刑事は彼と秀紀がどういう関係かと聞こうとしたが、秀紀は答えぬまま修くんに何かあったのかと刑事に詰め寄った。
刑事は状況を判断しながら、昨日のことについて口を開いた。
遠藤修という人があなたの家の近所で暴行事件に巻き込まれ病院に搬送された、と。

あまりにも冷静に口にされた真実を、秀紀は初めすんなりとは理解出来ずにいた。
しかしじわじわとその言葉の意味が分かり始めると、その後刑事が話したことなど、何も聞こえなくなった。

気がついたら、駆け出していた。
目の前の刑事に呼び止められ、その場にいた何人かに腕を掴まれても、秀紀は止まらなかった。
「離して下さい!修くん‥修くんのところに行かなきゃならないんです!!」

腕を振り払おうとしながら叫ぶようにそう言う秀樹に、刑事は冷静に説得にかかった。
「それは困ります。証拠が出て来た以上きちんと調査に応じてもらわないと、
後々不利になるのはあなたの方ですよ」

刑事は向かいの椅子を引き、こちらへどうぞと着席を促した。
しかし秀紀は迷うこと無く、「嫌です」とキッパリそれを突っぱねた。
「捕まえておきたいなら、正式に令状を持って来て下さい!」

「行かなきゃならないんです!」
秀紀はそう言うやいなや、刑事たちの腕を振り払って駆け出した。
後ろで彼を尋問していた刑事が、手で顔を覆って溜息を吐いた‥。


警察署を出た秀紀は、サンダル履きのまま全速力で駆けた。少し傾斜のついた下り坂を、足がもつれそうになりながら。
すると前方から、見覚えのある彼がこちらに向かって駆けて来るのが見えた。

二人は駆け寄り、互いに顔を見合わせる。
そのまま息を切らせながら、向かい合って佇んだ。

秀紀が遠藤に向かって手を伸ばす。

しかし遠藤はそれを振り払った。俯いた秀紀に言葉も掛けぬまま、そのまま遠藤は秀紀のアパートに向かって歩き出した。
その彼の後ろを、秀紀がトボトボと着いて行く。

家に向かうバスの中、二人は離れて座った。
遠藤の後頭部に、痛々しく貼られたガーゼが見える。


それを目にした秀紀は、堪らない気持ちになった。
家への道すがら、引っ切り無しに嗚咽が出て、涙を拭いながら歩いた。

陰気臭い秀紀に遠藤は舌打ちをし、振り返る。
秀紀をじっくりと見ると、サンダルは片方脱げ、顔は薄汚れ、眼鏡を曇らせながら涙を流していた。


無様な姿だった。
心は怒りに滾っていたが、こんな姿を見せられては怒鳴るに怒鳴れず、責めるに責められない‥。

遠藤はぎゅっと目をつむり、心の中に吹き荒れる嵐に身を任せた。
天を仰ぎ嘆きの声を上げる遠藤の後ろで、いつまでも秀紀は泣いていた。

殴られた後頭部よりも、心の方がしくしくと痛む。
二人は無言のまま、秀紀の部屋へと入って行った。
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<引き合う二人>でした。
出て来ましたあの、サムディダス‥!

以前コメント欄にてさかなさんがこのサンダルについて教えて下さいました。
http://seoulmiki.blog.fc2.com/blog-entry-1732.html
有名なサンダルだそうですね。秀紀さんの脱げてしまった片方はいずこ‥(T T)
次回は<露見>です。
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