はぁ、と雪は息を吐いた。

病院から帰路に着く間中、なんだか溜息ばかり吐いている。
先ほど病室から飛び出していった遠藤にはビックリさせられたが、その後なんとか連絡がついたと品川さんから知らせがあった。
「一体何があったんだろ‥?」

雪は独り言を言いながら部屋への階段を上った。
すると秀紀の部屋の中から、何か聞こえてきた。

秀紀の声がする。
もう警察から解放されたのかと雪は思い、思わずノックしようと拳を上げた。
「何?!女もんの下着?!どうなってんだよ?!」

聞こえてきたその声に、雪の手が止まる。
‥あれ?この声って‥

雪の頬にじわりと汗が滲んだ。
その声は飽きるほど聞いたと言ってもいい、遠藤修の声だった。
「普段どんな行いしてたらそんな目に遭うんだよ!
近所の人達もみんなお前の仕業だと思ってるらしいじゃねーか!」

遠藤は刑事から聞いた秀紀の情報にまず驚き、そしてジワジワと怒りが湧いてきて堪らなかったのである。
勉強もせず、遠藤からの連絡さえ無視して、ようやく彼を前にしたら下着泥棒の容疑者になっているだなんて。
「お、修ちゃん落ち着いて、頭打ったんだから、そう怒らないで。血が回っちゃう‥」

大声で怒鳴る遠藤に、秀紀は心配してそう声を掛けるが、それは遠藤を逆上させるだけだった。
言いたいことはそれだけか、と尚更強い口調で言うと、遠藤は今までの鬱憤や不満を捲し立てた。
「お前と付き合い出してから、俺がどれだけ苦労したと思ってんだ?!」

「疲れ果てて傷つけられて、俺はもうボロボロなんだよ!」
倦怠期の夫婦の方がまだマシだ、と遠藤は吐き捨てるように言った。
秀紀は俯いたまま彼の吐露を聞いていた。遠藤は尚も続ける。
「家も金も時間も平穏な暮らしもない、しまいには頭まで殴られて!
なのにお前は別れてもへっちゃらみたいな態度取りやがって!」

度重なる不幸も、秀紀が傍にいたらきっと耐えられた。
一番欲しいものが手に入らない寂しさに、遠藤の瞳に涙が浮かんだ。
それを見た秀紀が、堪らなくなって手を伸ばす。
「お、修ちゃんごめんね‥。そういう意味じゃなかったの‥決して‥」

涙ながらの秀紀の声を、扉の向こうで雪は一人耳にしていた。
その衝撃の内容に、身動きも出来ぬまま。

そうとは知らない遠藤は、秀紀の手を振り払って再び声を荒げた。
「離せよ!もう俺は我慢の限界なんだよ!お前といるようになってから、
侮辱という侮辱は嫌ってほど浴びせられてきた!」

「お前の親御さんに引っ叩かれて、道端で暴力を振るわれて、
お前のために泥棒までして見つかって!」

遠藤の脳裏に、青田淳のカードを盗んだ事実が判明した時の、彼の視線が蘇った。
今まで品行方正な優等生だと思っていた彼の、凍てつくようなあの視線を。

遠藤はあの時、沈んだ色を帯びたようなその瞳を見た。
竦み上がるような、底冷えするようなその闇。

あの日から遠藤は、その瞳の前でずっと怯えながら暮らしてきた。
その男のことを誰にも言えず、誰にも頼れず、たった一人で。
胸に支えたわだかまりが、弱音と共に吐き出される。
「青田淳‥」

呟やかれたその名前に、思わず秀紀の顔色が変わる。
しかし俯いていた遠藤はそれには気づかず、悔しさを噛みしめるように言葉を続けた。
「俺はちゃんと謝罪もしたし、あれから毎日後悔して怯えてたってのに‥。
クソ青田の脅迫のせいで!学生のレポートを紛失した最低野郎扱い!」

吐き出されたそのわだかまりを、扉の向こうで雪は耳にしていた。
目を見開いて、口をあけたまま。

突然聞かされたとんでもない話に、雪の心はざわついた。
え‥? 今の、どういうこと? 私の聞き間違え‥?

「ねぇ今のどういうこと?!」 「離せよ!」

雪が戸惑っている間に、勢い良く扉が開いて二人が飛び出して来た。
雪は身を隠すことも出来ないまま、そのまま三人は顔を見合わせる。

遠藤と雪が顔見知りだということを知らない秀紀は、ここで何してるのと雪に問いかけた。
戸惑いながら雪は、「おじさんが帰って来たみたいだったから‥」と答える。
遠藤と雪は互いに目を見合わせたまま視線を外せなかった。

雪の言葉を聞いて、秀紀は顔面蒼白になる。
先ほどの話を全部聞かれてしまったと気づいたからだった。

雪が咄嗟に謝ろうとすると、遠藤が口を開いた。
低い声が、怒りに震えている。
「ふざけやがって‥盗み聞きかよ?二人してひとつずつ俺の弱点掴んでからかって、
さぞ楽しいんだろうな? 仲の良いカップルで何よりだよ!」

雪は突然捲し立てられた遠藤の怒りに戸惑っていた。
困り顔の雪を前に、彼は尚も皮肉を口にした。
「最近ではタダで大学も通えていいもんだな?俺もデキる恋人を傍に置きたいよ」

当惑して「急に何を言って‥」と口ごもる雪に、

遠藤は「何しらばっくれてんの?」とせせら笑う。
「仕事も青田のお陰で決まったし、奨学金だってそうじゃねーか。
似た者同士イチャイチャしてりゃいいものを、何で俺を巻き込むんだよ」

雪は遠藤が何を言っているのか分からなかったが、その口調や表現からバカにされていることは汲み取れた。
いきなりの遠藤の態度に、秀紀も理解が出来ず後ろから声を掛ける。
「ね、ねぇ修ちゃん、さっきから何言ってるの?
ってことは、あの脅迫された金持ち野郎って、淳だったってこと?!」

秀紀の言葉に、思わず雪も「えっ?」と声を上げる。

「マジで知らねーのかよ」と言いながら遠藤は雪を指さした。
「お前の彼氏が俺に自分のレポートを捨ててくれって言うから、
お前に奨学金が回って来たんだろうが?」

露見した真実に、告げられた事実に、雪はただ面食らった。
どういうこと‥と口ごもるだけしか出来なかった。

遠藤は初め彼女がしらばっくれているだけかと思ったが、その表情を見て本気で知らなかったんだとようやく気づいた。
すると期せずして秘密を口にしてしまったことに気付き、思わず口を押さえた。

あの凍てつくような視線が蘇る。
侮蔑をはらんだようなその表情も。

佇む遠藤と秀紀の前から、気がついたら雪は駆け出していた。
携帯電話を取り出して、ダイアルボタンを押す。耳元で鳴り響くコール音が、雪の心をかき乱していく‥。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<露見>でした。
遠藤さんのしでかしてしまったカード泥棒事件は、
青田先輩と遠藤さんのどちらが悪いかという議論が本家のファンカフェの方でもよくされているようです。
先輩擁護派は、遠藤が犯した罪は窃盗罪であり、先輩が警察に出向いたら遠藤の首はすぐさま飛ぶことになる。
”無能な助手”扱いで済んで良かったじゃないか、という意見。
遠藤擁護派は、謝罪もしているのにその罪を許さず利用するなんて卑劣だ。
しかも淳は”無能な助手”扱いを傍で見ているだろうに、良心の咎がないのも許せない、という意見。
さぁ皆さんはどちらですか?
私は先輩擁護派かなぁ‥。
次回は<糾問>です。
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病院から帰路に着く間中、なんだか溜息ばかり吐いている。
先ほど病室から飛び出していった遠藤にはビックリさせられたが、その後なんとか連絡がついたと品川さんから知らせがあった。
「一体何があったんだろ‥?」

雪は独り言を言いながら部屋への階段を上った。
すると秀紀の部屋の中から、何か聞こえてきた。

秀紀の声がする。
もう警察から解放されたのかと雪は思い、思わずノックしようと拳を上げた。
「何?!女もんの下着?!どうなってんだよ?!」

聞こえてきたその声に、雪の手が止まる。
‥あれ?この声って‥

雪の頬にじわりと汗が滲んだ。
その声は飽きるほど聞いたと言ってもいい、遠藤修の声だった。
「普段どんな行いしてたらそんな目に遭うんだよ!
近所の人達もみんなお前の仕業だと思ってるらしいじゃねーか!」

遠藤は刑事から聞いた秀紀の情報にまず驚き、そしてジワジワと怒りが湧いてきて堪らなかったのである。
勉強もせず、遠藤からの連絡さえ無視して、ようやく彼を前にしたら下着泥棒の容疑者になっているだなんて。
「お、修ちゃん落ち着いて、頭打ったんだから、そう怒らないで。血が回っちゃう‥」

大声で怒鳴る遠藤に、秀紀は心配してそう声を掛けるが、それは遠藤を逆上させるだけだった。
言いたいことはそれだけか、と尚更強い口調で言うと、遠藤は今までの鬱憤や不満を捲し立てた。
「お前と付き合い出してから、俺がどれだけ苦労したと思ってんだ?!」

「疲れ果てて傷つけられて、俺はもうボロボロなんだよ!」
倦怠期の夫婦の方がまだマシだ、と遠藤は吐き捨てるように言った。
秀紀は俯いたまま彼の吐露を聞いていた。遠藤は尚も続ける。
「家も金も時間も平穏な暮らしもない、しまいには頭まで殴られて!
なのにお前は別れてもへっちゃらみたいな態度取りやがって!」

度重なる不幸も、秀紀が傍にいたらきっと耐えられた。
一番欲しいものが手に入らない寂しさに、遠藤の瞳に涙が浮かんだ。
それを見た秀紀が、堪らなくなって手を伸ばす。
「お、修ちゃんごめんね‥。そういう意味じゃなかったの‥決して‥」

涙ながらの秀紀の声を、扉の向こうで雪は一人耳にしていた。
その衝撃の内容に、身動きも出来ぬまま。

そうとは知らない遠藤は、秀紀の手を振り払って再び声を荒げた。
「離せよ!もう俺は我慢の限界なんだよ!お前といるようになってから、
侮辱という侮辱は嫌ってほど浴びせられてきた!」

「お前の親御さんに引っ叩かれて、道端で暴力を振るわれて、
お前のために泥棒までして見つかって!」

遠藤の脳裏に、青田淳のカードを盗んだ事実が判明した時の、彼の視線が蘇った。
今まで品行方正な優等生だと思っていた彼の、凍てつくようなあの視線を。

遠藤はあの時、沈んだ色を帯びたようなその瞳を見た。
竦み上がるような、底冷えするようなその闇。

あの日から遠藤は、その瞳の前でずっと怯えながら暮らしてきた。
その男のことを誰にも言えず、誰にも頼れず、たった一人で。
胸に支えたわだかまりが、弱音と共に吐き出される。
「青田淳‥」

呟やかれたその名前に、思わず秀紀の顔色が変わる。
しかし俯いていた遠藤はそれには気づかず、悔しさを噛みしめるように言葉を続けた。
「俺はちゃんと謝罪もしたし、あれから毎日後悔して怯えてたってのに‥。
クソ青田の脅迫のせいで!学生のレポートを紛失した最低野郎扱い!」

吐き出されたそのわだかまりを、扉の向こうで雪は耳にしていた。
目を見開いて、口をあけたまま。

突然聞かされたとんでもない話に、雪の心はざわついた。
え‥? 今の、どういうこと? 私の聞き間違え‥?

「ねぇ今のどういうこと?!」 「離せよ!」

雪が戸惑っている間に、勢い良く扉が開いて二人が飛び出して来た。
雪は身を隠すことも出来ないまま、そのまま三人は顔を見合わせる。

遠藤と雪が顔見知りだということを知らない秀紀は、ここで何してるのと雪に問いかけた。
戸惑いながら雪は、「おじさんが帰って来たみたいだったから‥」と答える。
遠藤と雪は互いに目を見合わせたまま視線を外せなかった。

雪の言葉を聞いて、秀紀は顔面蒼白になる。
先ほどの話を全部聞かれてしまったと気づいたからだった。

雪が咄嗟に謝ろうとすると、遠藤が口を開いた。
低い声が、怒りに震えている。
「ふざけやがって‥盗み聞きかよ?二人してひとつずつ俺の弱点掴んでからかって、
さぞ楽しいんだろうな? 仲の良いカップルで何よりだよ!」

雪は突然捲し立てられた遠藤の怒りに戸惑っていた。
困り顔の雪を前に、彼は尚も皮肉を口にした。
「最近ではタダで大学も通えていいもんだな?俺もデキる恋人を傍に置きたいよ」

当惑して「急に何を言って‥」と口ごもる雪に、

遠藤は「何しらばっくれてんの?」とせせら笑う。
「仕事も青田のお陰で決まったし、奨学金だってそうじゃねーか。
似た者同士イチャイチャしてりゃいいものを、何で俺を巻き込むんだよ」

雪は遠藤が何を言っているのか分からなかったが、その口調や表現からバカにされていることは汲み取れた。
いきなりの遠藤の態度に、秀紀も理解が出来ず後ろから声を掛ける。
「ね、ねぇ修ちゃん、さっきから何言ってるの?
ってことは、あの脅迫された金持ち野郎って、淳だったってこと?!」

秀紀の言葉に、思わず雪も「えっ?」と声を上げる。

「マジで知らねーのかよ」と言いながら遠藤は雪を指さした。
「お前の彼氏が俺に自分のレポートを捨ててくれって言うから、
お前に奨学金が回って来たんだろうが?」

露見した真実に、告げられた事実に、雪はただ面食らった。
どういうこと‥と口ごもるだけしか出来なかった。

遠藤は初め彼女がしらばっくれているだけかと思ったが、その表情を見て本気で知らなかったんだとようやく気づいた。
すると期せずして秘密を口にしてしまったことに気付き、思わず口を押さえた。

あの凍てつくような視線が蘇る。
侮蔑をはらんだようなその表情も。

佇む遠藤と秀紀の前から、気がついたら雪は駆け出していた。
携帯電話を取り出して、ダイアルボタンを押す。耳元で鳴り響くコール音が、雪の心をかき乱していく‥。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<露見>でした。
遠藤さんのしでかしてしまったカード泥棒事件は、
青田先輩と遠藤さんのどちらが悪いかという議論が本家のファンカフェの方でもよくされているようです。
先輩擁護派は、遠藤が犯した罪は窃盗罪であり、先輩が警察に出向いたら遠藤の首はすぐさま飛ぶことになる。
”無能な助手”扱いで済んで良かったじゃないか、という意見。
遠藤擁護派は、謝罪もしているのにその罪を許さず利用するなんて卑劣だ。
しかも淳は”無能な助手”扱いを傍で見ているだろうに、良心の咎がないのも許せない、という意見。
さぁ皆さんはどちらですか?
私は先輩擁護派かなぁ‥。
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