「てめぇふざけんなよ!携帯二台だぁ?!」

吠えた亮を前に、姉の静香は両耳に指を突っ込んだ。
予想していた弟からの罵詈雑言。静香は言われるだろうと思っていたのだ。

事の発端は、静香が携帯電話を二台持ち始めたことだった。
青田家からの援助も途切れた今、経済状況は火の車のはずなのに静香にはまるでその自覚がない。

静香は弟の名義で携帯電話を契約し、その請求書は当然亮のところに来ることになる。
総額二十万円。亮は激怒した。
「オレの名義勝手に使いやがって!お前人の話聞いてたか?!マジで死にてーのかよ?!」

激昂する亮に、静香はうんざりした表情で言い捨てた。
「もォ何なのォ‥あんた何様?」

静香は悪びれず、むしろ亮が散々保護者面してきたことについて不平を鳴らし始めた。
携帯の契約くらいでああだこうだ言うと、半ば呆れ顔で亮を貶す。
「だったら最初から逆らってくんじゃねーよ」

携帯料金も払えないくせに、自分を養うことも出来ないくせに、
保護者面して偉そうに説教するなと静香は言い捨てた。

それを聞いた亮の中で、何かがプチンと切れた。
衝動にまかせて静香の胸ぐらを掴み、大声で彼女に迫る。
「てめぇいい加減にしろよな!!」

ハッ、と気がついた時にはもう遅かった。

掴んだ胸ぐらの先で、静香が二の句を継げずにいる。
彼女は怯え竦み、その表情は恐怖に歪んでいた。

握った拳は震え、汗が噴き出し、先ほどまでの威勢は見る影もない。
亮はしまった、と心の中で思いながら、その手を離した。

暫し呆然としていた静香だが、やがてゆっくりと口を開いた。
「何?殴るの?‥殴りなよ」

静香の瞳は狂気を帯びていた。蘇ったトラウマが、彼女に現実と幻想のはざまを見せる。
「今まで我慢してきたんだもんね?でもね、あんたもどうせあの人と同じなんだよ」

知ってるんだから、と静香は言った。
二人の脳裏に沈めてあった、遠い記憶が水面を揺らす。

亮は拳を握りしめながら、怒りと屈辱に震えながらそれに耐えていた。
殴りなよと尚も挑発してくる静香を前にして、亮はぎゅっと目を瞑った。

亮はそのまま吠えながら、静香の家を後にした。
走っても走っても追いかけてくる忌まわしい記憶が、植え付けられたトラウマが、二人の脳裏にゆらゆら揺れた。

昼間起こったそんな出来事を、亮は雪の前で一人回想していた。
静香の名前を呟いて以降黙り込んだ亮を前に、雪は不思議そうな顔をしている。
亮は事情を詳しくは話さなかった。「家でちょっと問題がな」とだけ言って、雪もそれ以上は聞き出さなかった。

暫し憂いを含んだ表情で俯いていた亮だったが、やがて息を吐きながらゆっくりと空を仰いだ。
「はぁ‥夜風当たったらちょっとスッキリした」

行こうぜ、と言って亮はもうこの問題を終わらせた。
雪はそんな亮と並んで歩きながら、彼の気持ちを慮って言葉を掛けた。
「‥今日は河村氏にとって、なんだか大変な日だったんですね」

互いに言い知れぬ感情で繋がっていることが、雪の心に共感を生んだ。
だから自然に雪も、自分の気持ちを口に出すことが出来た。
「あと私‥さっきすっごく怖くて‥。こんな風に来てくれてありがとう」

「本当に」

いつもと違う素直な彼女を前にして、亮は幾分戸惑って言葉に詰まった。
しかし亮は息を吐くと、すぐに普段の憎まれ口を叩き始める。
「はぁ~オレほどの良い奴が一体どこにいるってのかね~。
お前の大学の人もオレが助けて、オレはお前の恩人‥」

亮は恩人の自分にその恩を返すべきだと、雪に向かって力説する。
メシでも酒でもいつでもウエルカムだと言う亮に、雪は素直に頷いた。

いつになく素直な雪に、亮は若干拍子抜けする。何度も「マジかよ」と確認し、
雪は「本当ですよ」と肯定する。

「あ、でも今日はお金ないから、とりあえずこれを‥」

雪はそう言いながら、鞄の中を探って瓶を取り出した。
夏だけれど少し肌寒くなる時間帯に、ピッタリのドリンクだった。
「どうぞ」

それは普段どこでも目にすることが出来る、高価な品でもない凡庸なドリンクだった。
けれどそれは、今彼女が出来る精一杯のお礼だった。

差し出された彼女の誠実さに、亮は沈黙した。
昼間彼女と真反対な自堕落な姉と、接してきたせいかもしれなかった。

そんな亮の目の前で、雪はドリンクがぬるくなってしまったと言ってワタワタしていた。
「で、でも買ったばっかだから‥」

そう不器用に弁解する彼女を見て、亮は思わず笑みが漏れた。
彼女の掌に握られた、その真心に手を伸ばす。
「どうした?顔に向かって投げねーのか?」

亮の飛ばす冗談に、雪が困って頭を掻く。
「もうそのことは忘れて下さいよ~!」
「お前あのなぁ、あれは忘れられない人生で最大級にショックな出来事であって‥」
「そんなぁ!」

二人は普段通り冗談を言い合いながら、並んで歩いた。
先ほどまで暗く怖かった帰り道が、驚くほど和やかなものに変わっていた。

亮は雪が家に入るまで見届けて、手を振った。

その素振りや憎まれ口を叩いた後の空気が、やはりいつもと違うと雪は察知する。
本当何があったんだろ‥

しかし二人はそれについて言葉を交わすことは無かった。
雪は去って行く亮の足が見えなくなってから階段を上がり、部屋へと入って行った。

一方河村静香は、ソファに横たわりながら幼いころの記憶を思い出していた。
「情けない子‥」

そう言って脳裏に浮かぶのは、小さい頃叔母の元に預けられていた頃の記憶だった。
年月が経っても、身体は大きくなっても、亮はあの時のままだ。
殴られる姉を見捨てて走り去った時から、何も変わっていない。

皮肉に歪んだ心が、意地の悪い嗤いを誘う。
「未だに罪悪感に囚われて、だからダメなんだよ亮は‥。プフフフフ‥」

亮と静香、二人の心に巣食った暗い記憶は、未だに互いを縛ったままでいる。
忘れられない過去を持つ、たった二人の家族。

亮は雪の家の明かりが灯るのを見て、”家”についてぼんやりと思いを巡らせていた。
先ほどの自分の言葉が、皮肉に聞こえてくる。
「”家でちょっと問題がな~”ってか?」

ハッ、と息を吐き捨てる。
”家”だなんて‥。
この忌々しい記憶で繋がれている家族が、”家”だなんて言えるのか。
「”家”とか笑わせんな」

亮の後ろに続くのは、やはり孤独な影だった。
その暗い闇に、否応なく姉と繋がる血が騒ぐ。
一人であって一人ではない、そんな問題が亮の頭を、悩まし続けていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<河村家の問題>でした。
暗く伸びる影。前回は雪の後ろに、今回は亮の後ろに。
孤独の象徴ですね。そんな孤独を背負った雪と亮が、言葉にはしないけれどその苦しみを共有し合う、
そんな意味のある回でした。
さて雪が亮に渡したのは、以前姉様のブログにて、さかなさんが解明して下さいました!(^0^)

ゆずの飲み物ですかね?
日本だとこんな感じ?^^

皆さんのご意見でどんどんシックリクル~!いつもありがとうございます(^^)♪
次回は<旅立ち>です。
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吠えた亮を前に、姉の静香は両耳に指を突っ込んだ。
予想していた弟からの罵詈雑言。静香は言われるだろうと思っていたのだ。

事の発端は、静香が携帯電話を二台持ち始めたことだった。
青田家からの援助も途切れた今、経済状況は火の車のはずなのに静香にはまるでその自覚がない。

静香は弟の名義で携帯電話を契約し、その請求書は当然亮のところに来ることになる。
総額二十万円。亮は激怒した。
「オレの名義勝手に使いやがって!お前人の話聞いてたか?!マジで死にてーのかよ?!」

激昂する亮に、静香はうんざりした表情で言い捨てた。
「もォ何なのォ‥あんた何様?」

静香は悪びれず、むしろ亮が散々保護者面してきたことについて不平を鳴らし始めた。
携帯の契約くらいでああだこうだ言うと、半ば呆れ顔で亮を貶す。
「だったら最初から逆らってくんじゃねーよ」

携帯料金も払えないくせに、自分を養うことも出来ないくせに、
保護者面して偉そうに説教するなと静香は言い捨てた。

それを聞いた亮の中で、何かがプチンと切れた。
衝動にまかせて静香の胸ぐらを掴み、大声で彼女に迫る。
「てめぇいい加減にしろよな!!」

ハッ、と気がついた時にはもう遅かった。

掴んだ胸ぐらの先で、静香が二の句を継げずにいる。
彼女は怯え竦み、その表情は恐怖に歪んでいた。

握った拳は震え、汗が噴き出し、先ほどまでの威勢は見る影もない。
亮はしまった、と心の中で思いながら、その手を離した。

暫し呆然としていた静香だが、やがてゆっくりと口を開いた。
「何?殴るの?‥殴りなよ」

静香の瞳は狂気を帯びていた。蘇ったトラウマが、彼女に現実と幻想のはざまを見せる。
「今まで我慢してきたんだもんね?でもね、あんたもどうせあの人と同じなんだよ」

知ってるんだから、と静香は言った。
二人の脳裏に沈めてあった、遠い記憶が水面を揺らす。

亮は拳を握りしめながら、怒りと屈辱に震えながらそれに耐えていた。
殴りなよと尚も挑発してくる静香を前にして、亮はぎゅっと目を瞑った。

亮はそのまま吠えながら、静香の家を後にした。
走っても走っても追いかけてくる忌まわしい記憶が、植え付けられたトラウマが、二人の脳裏にゆらゆら揺れた。

昼間起こったそんな出来事を、亮は雪の前で一人回想していた。
静香の名前を呟いて以降黙り込んだ亮を前に、雪は不思議そうな顔をしている。
亮は事情を詳しくは話さなかった。「家でちょっと問題がな」とだけ言って、雪もそれ以上は聞き出さなかった。

暫し憂いを含んだ表情で俯いていた亮だったが、やがて息を吐きながらゆっくりと空を仰いだ。
「はぁ‥夜風当たったらちょっとスッキリした」

行こうぜ、と言って亮はもうこの問題を終わらせた。
雪はそんな亮と並んで歩きながら、彼の気持ちを慮って言葉を掛けた。
「‥今日は河村氏にとって、なんだか大変な日だったんですね」

互いに言い知れぬ感情で繋がっていることが、雪の心に共感を生んだ。
だから自然に雪も、自分の気持ちを口に出すことが出来た。
「あと私‥さっきすっごく怖くて‥。こんな風に来てくれてありがとう」

「本当に」

いつもと違う素直な彼女を前にして、亮は幾分戸惑って言葉に詰まった。
しかし亮は息を吐くと、すぐに普段の憎まれ口を叩き始める。
「はぁ~オレほどの良い奴が一体どこにいるってのかね~。
お前の大学の人もオレが助けて、オレはお前の恩人‥」

亮は恩人の自分にその恩を返すべきだと、雪に向かって力説する。
メシでも酒でもいつでもウエルカムだと言う亮に、雪は素直に頷いた。

いつになく素直な雪に、亮は若干拍子抜けする。何度も「マジかよ」と確認し、
雪は「本当ですよ」と肯定する。

「あ、でも今日はお金ないから、とりあえずこれを‥」

雪はそう言いながら、鞄の中を探って瓶を取り出した。
夏だけれど少し肌寒くなる時間帯に、ピッタリのドリンクだった。
「どうぞ」

それは普段どこでも目にすることが出来る、高価な品でもない凡庸なドリンクだった。
けれどそれは、今彼女が出来る精一杯のお礼だった。

差し出された彼女の誠実さに、亮は沈黙した。
昼間彼女と真反対な自堕落な姉と、接してきたせいかもしれなかった。

そんな亮の目の前で、雪はドリンクがぬるくなってしまったと言ってワタワタしていた。
「で、でも買ったばっかだから‥」

そう不器用に弁解する彼女を見て、亮は思わず笑みが漏れた。
彼女の掌に握られた、その真心に手を伸ばす。
「どうした?顔に向かって投げねーのか?」

亮の飛ばす冗談に、雪が困って頭を掻く。
「もうそのことは忘れて下さいよ~!」
「お前あのなぁ、あれは忘れられない人生で最大級にショックな出来事であって‥」
「そんなぁ!」

二人は普段通り冗談を言い合いながら、並んで歩いた。
先ほどまで暗く怖かった帰り道が、驚くほど和やかなものに変わっていた。

亮は雪が家に入るまで見届けて、手を振った。

その素振りや憎まれ口を叩いた後の空気が、やはりいつもと違うと雪は察知する。
本当何があったんだろ‥

しかし二人はそれについて言葉を交わすことは無かった。
雪は去って行く亮の足が見えなくなってから階段を上がり、部屋へと入って行った。

一方河村静香は、ソファに横たわりながら幼いころの記憶を思い出していた。
「情けない子‥」

そう言って脳裏に浮かぶのは、小さい頃叔母の元に預けられていた頃の記憶だった。
年月が経っても、身体は大きくなっても、亮はあの時のままだ。
殴られる姉を見捨てて走り去った時から、何も変わっていない。

皮肉に歪んだ心が、意地の悪い嗤いを誘う。
「未だに罪悪感に囚われて、だからダメなんだよ亮は‥。プフフフフ‥」

亮と静香、二人の心に巣食った暗い記憶は、未だに互いを縛ったままでいる。
忘れられない過去を持つ、たった二人の家族。

亮は雪の家の明かりが灯るのを見て、”家”についてぼんやりと思いを巡らせていた。
先ほどの自分の言葉が、皮肉に聞こえてくる。
「”家でちょっと問題がな~”ってか?」

ハッ、と息を吐き捨てる。
”家”だなんて‥。
この忌々しい記憶で繋がれている家族が、”家”だなんて言えるのか。
「”家”とか笑わせんな」

亮の後ろに続くのは、やはり孤独な影だった。
その暗い闇に、否応なく姉と繋がる血が騒ぐ。
一人であって一人ではない、そんな問題が亮の頭を、悩まし続けていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<河村家の問題>でした。
暗く伸びる影。前回は雪の後ろに、今回は亮の後ろに。
孤独の象徴ですね。そんな孤独を背負った雪と亮が、言葉にはしないけれどその苦しみを共有し合う、
そんな意味のある回でした。
さて雪が亮に渡したのは、以前姉様のブログにて、さかなさんが解明して下さいました!(^0^)

ゆずの飲み物ですかね?
日本だとこんな感じ?^^

皆さんのご意見でどんどんシックリクル~!いつもありがとうございます(^^)♪
次回は<旅立ち>です。
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