「クッソ!あいつぜってーチクると思ったよ!」

亮はSKK学院の非常階段に座りながら、頭を抱えて唸った。
先ほど元同僚が言っていた言葉が、もう一度頭の中で響く。
社長がお前捕まえて殺すって

亮は暫し不穏な胸騒ぎに頭を悩ませていたが、こうして座っているとだんだんと冷静になってきた。
元同僚の緊迫した口調に思わず動揺してしまったが、よくよく考えてみるとそこまで自分に非があるわけでもない‥。
「社長の野郎まともに給料も払わなかったくせに‥オレが自分の金を貰っただけだろーが。
何が殺すだよ、イカサマ言いやがって‥」

しかし幾らかの誤解も混じっているとはいえ、社長が怒り狂って自分を探しているということは事実だ。
今まで後ろ暗いことなど無く生きて来たから、静香に偉そうなことも言えていたが‥。
人に説教する前に、自分の体たらくを振り返った方がいいんじゃない?

畜生、と亮は吐き捨てた。
こうなってしまっては、姉に返す言葉も無い。

亮は膝を抱えながら、一人冷静に考えた。
命の危機とまではいかないだろうが、面倒な問題が起きた。
近々社長は上京し自分を探すだろうが、都内を虱潰しにあたるのだろうか?何を手掛かりに?

考えてみれば、そこまでするほどの大金でもないではないか。
考えれば考える程、そんなに心配することでも無いという気になってきた。
とりあえず他の仕事あたってみて、様子見つつヤバくなったら地方にドロン‥

亮がこれからの算段を考えていると、不意に小太り君や下宿の仲間たちの言葉が蘇ってきた。
河村クンはこれからどうするんだなん?

そして先日、取り調べを受けた刑事の尋問とあの視線が。
職業は? 家族は? 君の国籍は?

自分が何者で、何を目指し、どこへ行くのか。
亮は他人からその答えを強要されているようで不愉快になり、思わず声を荒げて吠えた。
「あーもう何なんだよ!どうしろってんだよ?!オレはこうして生きていくっつーの!!」

そんな彼の横を、雪が小走りに通りかかるのを亮は目に留めた。
「おいダメージヘア!」と呼び止める。

珍しく遅刻かと亮が指摘すると、雪は寄り道をしていて遅れたのだと言った。
「河村氏こそ中入らないで何してるんですか?」

雪の質問に、亮は複雑な顔をする。
「‥‥‥‥」

何か言いたいことがありそうなその表情に、雪は「何ですか?」と問いかけてみるが、
亮は大仰な仕草で頭を抱えると「悩みがあるんだ」と俯いた。
「お前が飯おごってくんないから‥オレこのまま餓死するかもって‥。約束したのに‥」

何のことはない、いつもの”メシおごれ”攻撃なのだが、雪は先日亮ときちんと”約束”をしていたことを思い出した。

「今日塾終わってから時間あればちょっと行きましょうか」と雪が言うと、亮は威勢よく「よしきた!」と声を上げた。
「約束したからな?バックレんなよ?」

畳み掛ける亮に雪は呆れ顔だ。バックレようにも家の場所だって知っているではないか‥。
しかし雪は毎回こうやって亮から絡まれるので、「そろそろ私以外の人とも関わったらどうです?」と彼に提案してみせた。
「他に友達いないんですか?」

友達?と亮が呟くように聞き返す。
彼はフッと笑いながら、その言葉をどこか俯瞰した様子で口を開いた。
「オレは一匹狼だからよ」

大きく手を広げて、亮はどこか自慢気に話を続けた。
「変な話、会う奴会う奴みんなオレのことが大好きなんだよな~。
でもあいにくオレはそういう概念に囚われたくはないわけよ」

雪はハイハイと若干受け流しながら聞いていた。
しかし亮の意見はどこか説得力を持っている。
「人間関係ほど厄介なものはないぜ。身軽なのが一番だ」

亮はヤレヤレといった風情に息を吐きながら、
「最後には裏切られてオシマイってわけ。こんな風にな」と後頭部を叩く仕草をしてみせた。

それは先日助けた遠藤の話でもあるし、過去の自分の話でもあったのだが、
当然雪は何のことか分からず不思議そうな顔をしていた。

それより、と亮は雪に向かって凄みながら続ける。
「オレがいつも一人でいるからって、寂しい子みたいな言い方しやがって‥」

そんな亮に雪は「それでも私はそれなりに友達も居ますからね?」と言い返した。
すると亮はこんなことを言い出した。
「じゃあオレは? お前の友達?」

突然のその問いに、思わず雪は固まった。
「えっ?」

じっと雪の方を見て答えを待っている亮を前に、雪は何と答えていいか分からなかった。
嫌な汗がダラダラと流れる。

目を白黒させながら「その‥顔見知り‥以上?」と雪がようやく口を開くと、
亮はその様子がおかしかったのかククッと笑った。

亮は気安い調子で雪の背中をグイッと押すと、
「分かったよ!早く勉強して来い!遅刻!」と彼女を教室へと促した。

雪は飲食店が立ち並ぶ通りにあるロッテリアを待ち合わせ場所に指定し、彼と別れた。
廊下を小走りしながらも、つい亮が居た方向を窺ってしまう。

友達‥。河村亮と自分は友達なのだろうか‥?
どこか説明のつかないこの関係に思いを馳せつつ、雪は遅刻寸前の教室へと駆け込んで行った。
一方、そんな彼女の彼氏はというと、雪からの待ちに待ったメールを受け取っていた。

うん、大丈夫。明日ねと返信を打ったものの、
彼はどうにも落ち着かない。

暫し腕組みの姿勢のまま思案していたが、居ても立ってもいられなくなり席を立った。
シャツを取り、出掛ける準備を始める。

決められたことを守らずとも、心が行動を選択しても良いということ。
それを教えてくれたのは彼女だった。

淳は突き動かされる衝動のままに、その場を後にした。
雪はというと、先ほど彼から来たメールを確認しているところだった。
うん、大丈夫。明日ね

授業中、窓から見上げた空は曇天で、ゴロゴロと低い雷鳴が聞こえていた。
その厚い雲から、かなりの雨が降りそうな予感がした‥。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<曖昧な関係>でした。
雪が先輩にメールを送るカットと、先輩が雪からメールを受け取るカット。

同じアングルで描いてあるんですよね~。こういうところも作者さんの意図を感じざるを得ません。
さて亮と雪の関係‥知り合い以上友達未満?
それでも”彼氏”の先輩よりも亮の方が親しげなのが‥(^^;)
次回、<無情な雨>です。
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亮はSKK学院の非常階段に座りながら、頭を抱えて唸った。
先ほど元同僚が言っていた言葉が、もう一度頭の中で響く。
社長がお前捕まえて殺すって

亮は暫し不穏な胸騒ぎに頭を悩ませていたが、こうして座っているとだんだんと冷静になってきた。
元同僚の緊迫した口調に思わず動揺してしまったが、よくよく考えてみるとそこまで自分に非があるわけでもない‥。
「社長の野郎まともに給料も払わなかったくせに‥オレが自分の金を貰っただけだろーが。
何が殺すだよ、イカサマ言いやがって‥」

しかし幾らかの誤解も混じっているとはいえ、社長が怒り狂って自分を探しているということは事実だ。
今まで後ろ暗いことなど無く生きて来たから、静香に偉そうなことも言えていたが‥。
人に説教する前に、自分の体たらくを振り返った方がいいんじゃない?

畜生、と亮は吐き捨てた。
こうなってしまっては、姉に返す言葉も無い。

亮は膝を抱えながら、一人冷静に考えた。
命の危機とまではいかないだろうが、面倒な問題が起きた。
近々社長は上京し自分を探すだろうが、都内を虱潰しにあたるのだろうか?何を手掛かりに?

考えてみれば、そこまでするほどの大金でもないではないか。
考えれば考える程、そんなに心配することでも無いという気になってきた。
とりあえず他の仕事あたってみて、様子見つつヤバくなったら地方にドロン‥

亮がこれからの算段を考えていると、不意に小太り君や下宿の仲間たちの言葉が蘇ってきた。
河村クンはこれからどうするんだなん?

そして先日、取り調べを受けた刑事の尋問とあの視線が。
職業は? 家族は? 君の国籍は?


自分が何者で、何を目指し、どこへ行くのか。
亮は他人からその答えを強要されているようで不愉快になり、思わず声を荒げて吠えた。
「あーもう何なんだよ!どうしろってんだよ?!オレはこうして生きていくっつーの!!」

そんな彼の横を、雪が小走りに通りかかるのを亮は目に留めた。
「おいダメージヘア!」と呼び止める。

珍しく遅刻かと亮が指摘すると、雪は寄り道をしていて遅れたのだと言った。
「河村氏こそ中入らないで何してるんですか?」

雪の質問に、亮は複雑な顔をする。
「‥‥‥‥」

何か言いたいことがありそうなその表情に、雪は「何ですか?」と問いかけてみるが、
亮は大仰な仕草で頭を抱えると「悩みがあるんだ」と俯いた。
「お前が飯おごってくんないから‥オレこのまま餓死するかもって‥。約束したのに‥」

何のことはない、いつもの”メシおごれ”攻撃なのだが、雪は先日亮ときちんと”約束”をしていたことを思い出した。


「今日塾終わってから時間あればちょっと行きましょうか」と雪が言うと、亮は威勢よく「よしきた!」と声を上げた。
「約束したからな?バックレんなよ?」

畳み掛ける亮に雪は呆れ顔だ。バックレようにも家の場所だって知っているではないか‥。
しかし雪は毎回こうやって亮から絡まれるので、「そろそろ私以外の人とも関わったらどうです?」と彼に提案してみせた。
「他に友達いないんですか?」

友達?と亮が呟くように聞き返す。
彼はフッと笑いながら、その言葉をどこか俯瞰した様子で口を開いた。
「オレは一匹狼だからよ」

大きく手を広げて、亮はどこか自慢気に話を続けた。
「変な話、会う奴会う奴みんなオレのことが大好きなんだよな~。
でもあいにくオレはそういう概念に囚われたくはないわけよ」

雪はハイハイと若干受け流しながら聞いていた。
しかし亮の意見はどこか説得力を持っている。
「人間関係ほど厄介なものはないぜ。身軽なのが一番だ」

亮はヤレヤレといった風情に息を吐きながら、
「最後には裏切られてオシマイってわけ。こんな風にな」と後頭部を叩く仕草をしてみせた。

それは先日助けた遠藤の話でもあるし、過去の自分の話でもあったのだが、
当然雪は何のことか分からず不思議そうな顔をしていた。

それより、と亮は雪に向かって凄みながら続ける。
「オレがいつも一人でいるからって、寂しい子みたいな言い方しやがって‥」

そんな亮に雪は「それでも私はそれなりに友達も居ますからね?」と言い返した。
すると亮はこんなことを言い出した。
「じゃあオレは? お前の友達?」

突然のその問いに、思わず雪は固まった。
「えっ?」

じっと雪の方を見て答えを待っている亮を前に、雪は何と答えていいか分からなかった。
嫌な汗がダラダラと流れる。

目を白黒させながら「その‥顔見知り‥以上?」と雪がようやく口を開くと、
亮はその様子がおかしかったのかククッと笑った。

亮は気安い調子で雪の背中をグイッと押すと、
「分かったよ!早く勉強して来い!遅刻!」と彼女を教室へと促した。

雪は飲食店が立ち並ぶ通りにあるロッテリアを待ち合わせ場所に指定し、彼と別れた。
廊下を小走りしながらも、つい亮が居た方向を窺ってしまう。

友達‥。河村亮と自分は友達なのだろうか‥?
どこか説明のつかないこの関係に思いを馳せつつ、雪は遅刻寸前の教室へと駆け込んで行った。
一方、そんな彼女の彼氏はというと、雪からの待ちに待ったメールを受け取っていた。

うん、大丈夫。明日ねと返信を打ったものの、
彼はどうにも落ち着かない。

暫し腕組みの姿勢のまま思案していたが、居ても立ってもいられなくなり席を立った。
シャツを取り、出掛ける準備を始める。

決められたことを守らずとも、心が行動を選択しても良いということ。
それを教えてくれたのは彼女だった。

淳は突き動かされる衝動のままに、その場を後にした。
雪はというと、先ほど彼から来たメールを確認しているところだった。
うん、大丈夫。明日ね


授業中、窓から見上げた空は曇天で、ゴロゴロと低い雷鳴が聞こえていた。
その厚い雲から、かなりの雨が降りそうな予感がした‥。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<曖昧な関係>でした。
雪が先輩にメールを送るカットと、先輩が雪からメールを受け取るカット。


同じアングルで描いてあるんですよね~。こういうところも作者さんの意図を感じざるを得ません。
さて亮と雪の関係‥知り合い以上友達未満?
それでも”彼氏”の先輩よりも亮の方が親しげなのが‥(^^;)
次回、<無情な雨>です。
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