本と猫好きの日日社会メモ

本当の豊かさって何?などとたまに考えつつ、日日生活に流されながら、猫と戯れ本を読む・・そんな毎日を時々アップします。

「「当事者」の時代」佐々木俊尚著

2012-04-15 07:10:29 | 本・雑誌、読書
3月、4月初めは停滞義務だった読書も少しずつペースを戻しています。

さて・・佐々木俊尚さんの本は結構読んでいます。
「キュレーションの時代」は、面白かったし、読み返そうかな(そう思って読み返した本がないけど・・)と自炊して保存しています。

でも、この本は「何言ってんだ。。」です。

週刊東洋経済の「新刊新書・サミング・アップ」で見つけて、

「・・権力との密接な関係を維持する一方で、「市民感覚」という目線を異常なまでに大切にするマスメディア。しかしその「市民」とはマジョリティであるべき「庶民」ではなく、マイノリティであるプロフェッショナルな市民運動に仮託されたぞんざいであり、いつしか日本人の言論は当事者性を失い、弱者や被害者の気持ちを勝手に代弁する「マイノリティ憑依」に陥っていた。著者は戦後のメディアの構図を丹念にたどりながら、その過程をたどっていく。東日本大震災を経験した今こそ当事者としての立ち位置を取り戻すべきと、自省も交えて論考する。」(週刊東洋経済2012.4.7号から)

これが気になって、買ってみました。そして450ページを超える新書なんですが、読み始めたら夢中になりました。
(戦争の)「被害者」=「加害者」という考え方が出てきたところ辺りでは、ちょっと前に読んで、自分の日本人観が大きく揺さぶられたジョン・ダワー著「敗北を抱きしめて」と同じような感覚、「東日本大震災の時に世界から日本人は評価された」などと自画自賛している日本人が本当は情けなくて、狡い存在であることをあらためて感じさせられました。

日本人が、長期では有史以来、それから江戸、幕末、明治以降、そして第二次世界大戦以降、歴史を生きる中でどのように「日本人」を作ってきたか。歴史が苦手であんまり関心持ってこなかったけれど、しっかり日本人を考えようと思ったら、きちんと歴史をひもとかないといけないと考えています。
特に戦後については、現実に生きている人たちを通じて今につながるところだから、いまの高齢者から中高年、そしてその人たちに育てられた世代すべての思想(というより「発想?」くらい。。)に影響を及ぼしているはずだから、きちんと知りたいと思っていて、マスメディアに限定されたものですが、その辺りを書いているところはとても興味深く読めました。

それでこの本、
今のマスメディアが「マイノリティ憑依」に陥っている話になるのですが、
「マイノリティ憑依」、マイノリティは「弱者」と言ってもいいようですが、年収200万円以下の世帯、消費税が増税されると生活に困る年金受給者、子育て環境が整わず働けない女性、等など、マスコミがその人たちの声を代弁するように、あたかもその人たちになったように報道を繰り返すことにより、その報道を受け入れる側の自分たちがそれを大勢のように受け入れてしまっている。

自分たちできちんと調べて、考えるという作業を怠っている自分たちが悪いと言えば悪い、素直に受け入れる方が問題なのだろうけれど、全国に向けて一斉に発信できる力を持ったマスメディアの責任は大きいと思います。

誰でもブログやソーシャルメディアで発信ができるようになったから個人も考えるべき、マスメディアだけの問題ではないなんて言われても読むほうは個人のものは個人の意見とわかっているし、趣味でやっている話とお金をもらってやっている話は全く別物。
マスメディアがマイノリティの意見を代弁して、それがあたかもマジョリティのように見せてしまっているところに大きな問題があるのでは?

マイノリティ憑依の影響、問題点をマスメディア側の一人としてもう少しシビアに書いて欲しかったです。
その言及なしに、終章で

他記者の例を引いてきて、数多くの事件を取材してきた者が、自分の身内が被害者になって初めて当事者の気持ちがわかったとか
東日本大震災の被害を受けた新聞社は、よそから来た取材者とは全く違う視点の記事、素晴らしい記事を書いている

と言われても何が言いたいのかわからない。

そもそも「当事者」とは何なのか?
事件や災害を受けたものが当事者? 
そういう当事者にならなければいけないのなら、ほとんどの人が当事者になれない。

東日本大震災が起こり、直接の被害を受けた地域は被災の「当事者」、そして被災地から遠く離れた地域に住む者は、震災前後で大きく変わってしまった日本を生きる「当事者」
当事者を無理に解釈すればそういうことなのかなと思うのだけれども、それでもプロの記者が当事者にならなければ記事がかけないというのは?
結局は「マイノリティ憑依」を止めようという話なのかな。。「当事者」になるというのがどうも理解できない。。

自分がこの本を全体を理解できてないんでしょうね。

理解ができなかったせいなのか、かなり怒りを感じた本でした。









コメント
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