夕螺の一言日記

毎日心に浮かんだことなどを書いてみたいと思います。。。(2014年3月13日開設)

2019年 8月 4日(日)「言論・表現の自由」

2019年08月04日 21時27分39秒 | 「思うこと」
朝日新聞朝刊1面に「表現の不自由展 中止」という記事があった。
この展覧会は、「過去に文化施設で展示不許可になった作品を見せることで、『表現の自由』について再度、議論したいという狙い」(引用)として開催されようとした。
言論の自由、表現の自由は憲法にもあるように国民の権利でしょう。それが公共施設において展示が許可をされないということは憲法には反する行為です。
ですから今回のこの展覧会は言論の自由や表現の自由を国民が取り戻すことを考える良い機会だったかもしれません。
もちろん言論も表現も全くの自由はありません。時の法律によって規制されるものがあります。性描写については昔からいろいろと議論をされてきました。法による規制はそれが正しいことか間違いであるかは裁判によってきめられてきます。
これまで安倍政権の時代を見てもヘイトが言論・表現の自由だとされて大っぴらに街頭宣伝やネット上で行われた。しかしヘイトが言論に値するものなのかと見れば言論には値しない。また国際的にみてもヘイトは規制をされていた。ですから自由といっても規制をされることはあります。それは正しいでしょう。
この視点で今回の展覧会を見ると、それぞれの自治体などによって展示を断られた作品を再度展示してその自由を取り戻そうとしているだけで、法に触れるようなものはないと思います。
もちろんこのような展覧会に反対する言論やそのための表現の仕方は自由です。
しかしこの言論や表現が脅迫のような形をとった瞬間に、反対する言動が法に触れることによりそれは言論や表現の自由ではなくなります。
「表現の不自由展」はさらにまた表現の自由を踏みにじられたことになります。
川村たかし名古屋市長は「日本国民の心を踏みにじる行為」(引用)と開催に抗議をしたそうですが、これはあくまでも個人的な思いとしての「日本国民の心を踏みにじる行為」という考え方です。抽象的ですね。「日本国民の心」を川村さんが代弁したということなのでしょうか。日本国民の心というこうあるべきだという個人の考えを全体化してしまう危険性があります。展覧会を支持する人はもちろん、やってもやらなくてもいいという人までも含めて「日本国民の心」が無いということになる。全体主義です。。。。。
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池に浮かぶ月557【8月4日】

2019年08月04日 18時30分55秒 | 「池に浮かぶ月」
去年は麺つゆを使った白瓜の一夜漬けを作っていたようです。
漬物というのは難しいですね。一夜漬けでは覚えられないし美味くできません。
僕にはインスタントの一夜漬けぐらいしかできません。

「池の上に月が昇る
その池に写る月は現実の月ではない
しかし現実の月を写したものであることでその池に浮かぶ月も現実である
人間の過去もすでに現実としては存在しない
しかし過去の時間の中で現実であった」

「8月 4日という日」

【2018年】ツイッターつぶやき男の料理というほどのものではないのですが、白瓜の一夜漬けを作りました。 一夜漬けと言っても朝漬けて夜食べるのですが(笑)。。。。。 白瓜の皮を......

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